巨大数の話をしよう。この話にオチがあるかは知らないが、ただ、この途方もないイメージがあなたに伝わればいいと思う。 まずは自然数をどんどん大きくしていってほしい。無限などというただの概念ではなく、有限の中でひたすら大きく。天文学的どころじゃない。宇宙に存在する原子が10の80乗個だとか、宇宙の直径が10の10乗の10乗の122乗メートルだとかより桁違いに大きい自然数は、いつでも確かに存在するのだ!
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「なんかすげー話してるな」 教室の長机に頬杖をついている友人が、俺に話しかけた。 「ああ」 確かに。すげー話だ。 自然数を有限の中で無限大に膨れ上がらせる。しかも人の想像力で、だ。 膨大なの想像力が掻き立てられ、なんだかすげーことになりそうだ。 ただ、一つ問題がある。 確かに自然数を巨大化していく、というのは素晴らしい事なのだろうが… 「日本文学の教授が堂々と数学教えてる方がすげーと思うな、俺は」
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「授業に関係ないし俺は寝るわ」 すげーと言った友人は早速飽きて寝てしまった。いや、お前は今日に限らず寝てるだろ。 俺はというとその教授の話がなんだか面白く、最後まで聞き入ってしまった。 授業が終わった後もその話が頭から離れなかった。試しに次の講義は一から順に数えてみようと思った。もちろん頭の中で。 一から始まり徐々に大きくしていき、考えれるだけの大きな数字を連想していった。
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一、十、百、千、万、億やろ? 鑑定団だな 兆、京、、、 国家予算だな 私は本気で気になり 携帯でこっそり調べた。 垓、柹、穣、、、 読めんなもう 私は最後まですっ飛ばし 最後の無量大数を見た。 10の68乗らしい でも昨日の先生は10の10乗の10乗のまたまた128乗の数字が出てきた。 わからんなもう。 その時この話の張本人である北上教授から呼ばれたことに気がついた。
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友人に突つかれて前を見ると、北上教授がこちらを見ていた。 「私の話を聞いていたかね?」 「いえ…すいません」 「つまり、君は今、妄想の中にいた。何を考えていたのかね?」 「巨大数についてです」 「ほう、それで成果は?」 「京を超えたらもうまったく想像できませんでした」 「超えるのだ」 「は?」 「想像の限界点の先には閃きが待っている。模倣ではない、真の閃きだ。それこそが、文学の萌芽に他ならぬ!」
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教授は教壇に戻った。 日本語で最も大きな数の概念は無量大数、10の68乗になるね。でも欧米では違う。例えばgoogolは知ってるかな? 有名な検索エンジンの元になる単語だが、これは10の100乗を表す。さらにgoogolplexという数、これは10のgoogol乗。かなり大きい。自然数は無限に存在するから、巨大な自然数はいくらでも考えられる。 その中で数学的に意味のある最大の自然数がグラハム数。
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このグラハム数は10の何乗なんていう概念では表せない。 この地球上全ての物をインクに変えてもグラハム数は書ききれない。 キャパシティーオーバー。 俺の脳の中にある概念では表しきれない数。まともに教授の話を聞いているのは俺だけだ。 「イメージできるかね」 教授は静かに問いかけてくる。 「いえ。でも…それではグラハム数+1はどうなるのでしょう」
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「私はそれこそが文学の境地だと考えているのだよ」 「数学の境地ではなく?」 「説明した通り、グラハム数は数学的に意味のある最大の自然数だ。それは『実存する表現可能な』と言い換えてもいいかもしれない。けれど、我々の想像力は常に最大の+1を付け足して行くことが出来る。想像力が越えられるのだから、それを表現できないはずはないんだ。+1を想定しようとした君は、今まさに文学の萌芽の岐路に立っている」
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「あの教授を見てるとさぁ」 溜息交じりに友人は言う。 「文系だから数学は苦手っつー言い訳、これからは使えねーよな」 いじけながら友人は言う。 「すげーよな、お前は。随分と褒められてたようで」 帰り道は三叉路に着く。 左の道は、友人の家。 右の道は、俺の家に続く。 「ツチノコ!?」 突如、友人は道をはずれて草むらへ飛び込んで行った。 すげーのはお前だよ。 「お前は今、文学の境地に達したぞ」
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