森の奥にある古城の地下に眠る美しき姫君 その当時姫を決して起こしてはならないとされていた しかし300年経った今言い伝えは歪められ ある一人の男が姫を眠りから救おうと 立ち上がったのだった
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男は心臓を患う母と暮らす薪売りだった その日母と二人喰っていくのに精一杯 その様な生活振り故、当然母を医者に診せることはおろか、売り藥を買うこともままならなかった 300年の刻を越え眠り続ける美しい姫君 そこには不老不死に繋がる秘密があるように思われたのだ
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その古城は鋭いイバラに深く覆われていた。血の紅さと黒さに染まった様な薔薇が、妖しい香りを放っている。 そのイバラの深さを目にしただけで、誰もが諦めこの城を後にした。 だが、男は違った。青年の若さは無謀な挑戦にも難なく乗り越える自信を与えたし、何よりも母親を救いたいという想いが男の力を増幅させた。 生業としている薪切りの技と斧も青年を後押しし、男は古城の門番達の鋭い棘を物ともせずに切り落とした。
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斬り落とした茨は足元ですぐに灰に変わっていった。男は心に何故か一抹の不安が過ったが、すぐに気持ちを切り替えた。 目の前には今、長い間黒い霧で覆われ続けている城があるのだ。あの場所に自分が求める物がある、そう確信した。 黒い霧は渦を巻き細い縄のようにカタチを変え男を城へ導いていく。気がつけばいつの間にか城の入口らしき場所へ辿り着いていた。 大きな扉である。見たこともない彫刻が一面に施されている。
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その扉を前にした男の胸の内に、再び捉えようのない不安が紫煙のようにむわりと湧き上がった。しかし、それは男になにも教えることなく、腹の底でぐるぐると渦巻いているだけである 男は斧を握り直し、ゆっくりと辺りを見廻した。特に気にかかるようなものはない。彼は周囲への警戒心はそのままに、再び扉と向き合った。扉は男が触れるとその厳格な見た目とは裏腹にすっと開いた。まるで男を誘っているかのようである
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扉の向こうに入った男が目にしたのは、あっちこっちに転がる人の数。まるで死体の様に寝っころがる人波を男は掻い潜る。 異様な雰囲気、悪魔か亡霊が出てきてもおかしくない悍ましい空気。男は臆病風を振り切って、勇敢に進む。 大広間を抜け地下に繋がる階段を下ると、そこにはドアがあった。男は慎重に開け中を調べる。見るとそこに棺桶らしき物がそこに聳え立つのが男の目に浮かんだ。
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姫君の姿が、そこにはあった。 棺桶の中に静かに横たわっている。 城と同じく、鋭いイバラにかこまれて、手を胸の前で組む、美しい姿。 まさに不老不死。 300年の時を感じさせない若々しさと美しさ。 母の為にこの城に男だったがいつしか見とれ、惚れ込んだ。 どうやったら蘇させられるのか。 蘇らせれば不老不死の方法も聞けるだろうと、母に対する罪悪感も消していた。 棘を感じさせる美しさは、まさに薔薇だった。
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男は必死に神に祈り続けた。 『神様お願いしますこの娘を生き返らして下さいお願いします』 『......』 『ジーザス!!』
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どうしたら起こすことができるだろう。 思いつく限りのことはすべて試した。 男は本来の目的を忘れていつまでも考え続けた。 そして、どれぐらいの月日が経っただろうか。 男が切り落とした茨は再び道を閉ざし、城は再び静寂に包まれた。 唯一、変わったことといえば、死体のように転がる人が一つ増えただけだった……。
- 完 -