私ね、ホットケーキってだぁい好き。 ボールに入れた材料をよく混ぜるの、嫌なこともぜーんぶ混ぜて混ぜて忘れたいことも一緒に混ぜちゃうの。 ふんわり焼いたら甘ぁいホイップをのせるのよ。メイプルでもバターでも何でもいいの。隠れるくらいにたっぷり。じゃないとせっかく混ぜ混ぜした嫌なことが見えちゃうでしょ? この甘ぁい香りに満ちた世界にずっといられたらいいのに。クリームの波に溺れていたいのに。
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キラキラ溢れ日がさす午後のテラスに たっぷりホイップのホットケーキを用意して、 真っ白なミルクが入ったかわいいポットとティーカップ、ティースプーン、 良い香りのお紅茶を用意するの。 ミルクはじんわりあたたかいのが良いわ。 柔らかいあたたかさのロイヤルミルクティーができたら、。 魔法のスプーンでよく混ぜるの。 ホットケーキのときと同じように。 嫌なことが溶けちゃうように。
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砂糖をひと匙すくって混ぜるのよ。 流せなかった涙も、言えなかった言葉も、砂糖のように溶けてゆきますようにって、おまじないを唱えながら。 それから、銀のナイフでホットケーキを切るわ。 でもね、いつもそこで不安になっちゃうの。 私、本当にホットケーキを食べたかったのかしら。 本当に、紅茶を飲みたくて淹れたのかしら、って。 本当は、ホットケーキを作りたかっただけで、食べたいわけじゃないのかしら。
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だけどそんなことお構いなし。はやく口に入れたくてうずうずしちゃうわ。 銀のフォークで突き刺して。 口の中にふわふわ広がる甘ぁい香り。 ごくんて飲み込んじゃうと、いやなあの娘もかわいいあの娘もいじわるあの娘も、ぜーんぶぜんぶわたしのお腹の中。 それから、甘ぁいミルクティーもひとくち。どこかで悲鳴が聴こえたけれど、 ごくん 全部飲み込んじゃった。 ふふふ、おいしい
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でもね、ホットケーキが半月になったころ、また不安がやってくるの。この甘ぁい時間を誰とも分かち合えないのが寂しくて。 嫌なことは混ぜて使ったから、楽しいことは幾らでもストックできるのに。シェアしてくれる人は現れない。 そんな不安を振り切るために、残りの半月はいつも自棄になって食べちゃうの。メイプルもバターも足しちゃうわ。 ああ、何だか眠くなってきた。 夢の中まで甘ぁい心地だといいんだけれど。
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部屋に戻ってフカフカのベッドに横になると、誰かに包まれているみたいにあったかいの。誰かに抱きしめてもらった記憶なんてほとんどないけど。 気がつけばぐちゃぐちゃに混ぜた嫌なことの夢を見ていたわ。 私以外にとっては嫌なことじゃなくて楽しいこと。みんな笑顔で楽しそうなの。私は楽しくないわ。私も楽しいと思えればよかったのかしら。みんなに混ざって楽しそうに過ごしたらよかったのかしら。
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でもね。 みんなが楽しいからって私が楽しいわけじゃない。 私が楽しいからってみんなが楽しいわけでもない。 それで当たり前と言えば当たり前だし、おかしいと言えばおかしいのよね。 などと考えいると、夢の中のいろんな人や物事の混ぜ物が変化してゆくのを感じるの。 それはね。 きれいなきれいな黄金色の蜂蜜なの。 甘い甘い蜂蜜の香りが私を幸せな気分にしてくれる。 朝は、そのとっても幸せな気分で目覚めるの。
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学校は嫌いよ。 朝の幸せな気分をいつも台無しにするもの。 みんなが私を笑うの。 みんなが私を避けるの。 なぜかしら? でもこんな嫌な気持ちもあまーいホットケーキと紅茶にとかしてしまえば、どうってことないわ。 そういえば今日は珍しく声をかけられたわ。 「…クスクスっ…〇〇ちゃんって、精神病院行ってるんでしょう?」 何のこと言ってるかよく分からなかったけど、どうでもいいわね
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「やめてっ!私が悪かったから!謝るから、お願い」 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ…」 右手にはナイフ、左手にはフォーク。 刺すたびに噴水みたいに甘くて良い匂いがひろがるの。たっぷりの蜂蜜を吸ったホットケーキって幸せの味がするのね。 これからは幸せな朝が毎日やってくる。 だって嫌なものも、私を嗤うものも居なくなるんだから。 「止めないわ。私は今、とっても楽しくて幸せだから」
- 完 -