ハローハロー 聞こえますか。 ハローハロー 誰かいませんか。 ハローハロー そちらは地球ですか。 ハローハロー こちらは火星です。 もし、聞こえているなら聞いてください。 僕らの星には、水が足りません。 喉が乾いてヒリヒリするのです。 どうか、どうか、助けて下さい。 もし、聞こえているならお返事下さい。 ハローハロー そちらは地球ですか。 ハローハロー こちらは火星です。
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少女はハッと窓の外を見た。 月が輝いている。星が瞬いている。真っ暗なこの家からは外の様子がよく見えるのだ。 窓を開ける。冷たい空気が少女を包んだ。 「今、確かに何かが聞こえたの」 少女は窓から身を乗り出して、月に向かって語りかけた。月は何も答えない。 「苦しいって、聞こえた」 「助けを求めているのは、だあれ?」 地平線付近の空は、ぼんやりと明るい。 ずうっと遠くで何かが光った。
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望遠鏡で地球を覗けば、偶然、窓から顔を出す女の子の姿が見えた。ハッとした表情で月を見つめるあの子に、僕らの声は届いたんだろうか。 ここからじゃ、あの子の顔まではわからない。 地球以上の科学技術を持つ火星でも、望遠鏡の鮮明さは今ひとつなのだ。 だから僕はもう一度、拡声器を片手に地球を見つめる。 ハローハロー。 窓辺の女の子。僕は火星人です。 僕の声、聞こえますか? 聞こえたならば水を、水を、水を
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瑞穂、瑞穂、そう呼ばれた気がした。少女の名前は瑞穂といった。 はだしのかかとを高く上げて、もう一度窓から身を乗り出した。少女の指先を月明かりが照らす。 「どうして私の名前を知ってるの」 「あの光はなあに?」 月はやはり答えない。そのかわりに地平の光が強くなった。少女はじっと目をこらした。夜風がその額をさらった。 瑞穂、瑞穂、やっぱり聞こえる。 ハローハロー こちらは瑞穂です。
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ハローハロー こちらは水です。 確かにそう聞こえる。 あの女の子が水なのだろうか。 それとも拡声器の音がきちんと地球まで届いていないのだろうか。 こいつらの性能がもう少しよければ。 僕は両手に望遠鏡と拡声器を握り締めながら、ゴクリと唾を飲んだ。 後何回声を出せるだろう。喉の奥が擦れて声が出にくくなってきた。 それでも。 ハローハロー 聞こえますか。 僕に水を恵んでください。
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ハロー… みず… やっぱり呼ばれている気がして少女は月ばかり見ていたけれど、その隣に炎の色をした星一つ。星座早見盤を見るとあれは火星、地球の遠いお隣りさん。 ポツ…ポツ… 少女が窓から手を伸ばすと掌に落ちる水滴。雨だ。 ハローハロー 見えますか? こちらは雨が降り出しました。 ふと少女は考える。 あの星はこの雨を必要としているかもしれない。だってあんなに燃えるような色をしているんだもの。
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ハローハロー そうですそれです、その水を、水を水を水を、水を、僕に… 僕らの星にはもう、飲める水が無いのです。 触れられる水すら無いのです。 大気中の酸は日に日に濃くなり、空から落ちる雨粒は海を汚し、森を溶かし、僕たちの星には赤茶けた砂漠しか無いのです。 ああ、もう、声が出ない。 ハローハロー 地球のあなた。 その掌の雨粒は、冷たいですか。暖かいですか。 ハローハロー… 水をくださ
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月から送られる声はだんだんと遠く、か細くなっていくようだった。 どうしよう。どうしたら。 少女は振り返り、自分の立っている場所を眺めた。 真っ暗な部屋。真っ暗な家。たとえ夜が明けたとしてもこの家に明かりが灯ることはない。 だあれもいない。わたしを必要とする人は、ここにはだあれもいないわ。 少女は窓から身を乗り出すと、雨粒に体を浸して応えた。 ハローハロー 欲しいものは、どうぞ持っていって。
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サンダルを引っ掛け家を飛び出す。 ハローハロー! ハローハロー! ずぶ濡れで気がつくと、私は学校の屋上で叫んでいた。 「ねぇ!応えて!」 何が欲しいの?なんで叫んでいたの?この声はもう、届かないの? 「私を!私を必要としてよ!」 その時、願いが涙になって零れた。雨に混じったそれは眩い光を放つ。 「え…」 サンキューサンキュー 君の涙は暖かいね。 サンキュー 可愛い救世主さん。
- 完 -