ため息は 何の合図?

白銀の世界が、目の前に広がっている。 「…やっぱり山のこっち側は、雪が綺麗だな」 俺は今、新幹線で生まれ故郷に帰っている途中だ。 しかし、そうしてまもなく到着しようとしている最中、俺は焦っていた。 そう、落ち着いている場合ではないのだ。 「…大きい荷物、何処に行ったんだ?」 座席の下に入れた荷物が、何処にも無い。 「券もそっちに入れたのに〜っ!」 よりによって財布も入れてしまっていた。

harapeko64

13年前

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「最悪だ」 はぁ と 息をつきそうになり、慌てて止める。 ため息は 諦め。 ため息は 終わりの合図。 俺の中の、勝手なジンクスだが。 気を抜けば漏れそうになる、曇った息を必死で止めながら、鞄の行方を探るため記憶を過去の旅に出す。 この席に座るときには、確かー…

ぱつこ

13年前

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そうだ、先客がいたのだ。 女の子が、ひとり。 年は、小学校低学年くらいだろうか。 丸いふわふわが両サイドに付いた帽子を被り、手袋を外さないまま膝で重ね、そのままじっと駅のホームを見ていた。 ここは指定席なので、俺は座席を間違えたのかと何度も番号を確認したが、確かにここで合っていた。 俺は大きい荷物を抱えていたので、どうするか悩んだ。 と、女の子がこちらに気づく。 「わぁ、それ何が入ってるの?」

12年前

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「えっ、えーっとね…」 唐突に、聞かれて返事に困った。 しかも、こんなに眩しい笑顔で聞かれるとさらに緊張する。 「おじさん、今からふるさとに帰るんだよ」 「ふるさと?ふるさとってなーに?」 女の子は、不思議そうな顔をした。 「ふるさとっていうのはね、自分が生まれて育った場所のことだよ」 「ふーん、そっかぁ…」 たわいもない会話。 しかし、ふと思った。 (あれ、この子、なんか雰囲気が…)

pluto

11年前

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「えっとね、ここはたぶんおじさんの席なんだ」 首を傾げてきょとんとした様子でこちらを見ている。そして、その姿を見て、やはり、と思った。 (娘に似ている…) とはいっても、娘とは2年半も会っていない。この子が似ているのは2年半の、私の記憶の中で時間が止まった娘。 「えっと、君はどこの駅で降りるの?」 「次の駅だよ」 それならば次の駅からは大きい荷物も置いて座れるのだと安堵した。

starter

10年前

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二人がけの窓際の席に女の子を座らせたまま、俺は結局、空いていた隣の席に腰を下ろしたのだ。女の子が降りたら指定席に座ればいい。駅員の発券ミスかもしれないと考えて。 で、大きな荷物と小さな荷物を膝に抱え、俺は女の子の隣で──そこから記憶がない。 女の子が降りるのも見ていない。次に目が覚めた時は窓際の席にいて、足元に荷物があったかどうか覚えていない。 娘への土産が入っているのだ。 取り戻さなくては。

10年前

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丁度、車掌が車内検札に入ってきた。聞いてみよう。 あれ?通り過ぎた。 「あの、切符…」 「先程確認しましたので、1度で大丈夫です」 え?そんな筈は… 「ちょっと待って下さい!あ、その時俺は大きな荷物持っていましたか?隣の女の子は……ちょ カタン…カタン…コ── ハッ!寝てたのか、荷物⁈ある…か。 「おじさん、どーしたの?」 え? 「…何でもないよ」 「ねぇ、それ何が入ってるの?」

blue

9年前

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「娘へのお土産を入れてるんだよ。娘とは2年半も会ってないんだ」 なぜか、ためらわずに素直にそう言えた。 「そうなんだ〜。見せてくれる?」 「いいけど、あげないよ?」 「うん。分かってる」 女の子はそう言いながら、私が開けた荷物の中を覗きこんだ。 「いっぱい入ってるだろう? 長い事、娘と会ってないから何を喜ぶか分からなくてさ。いっぱい買ってしまったんだよ」 「じゃあ、私が選んであげる」

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「これは可愛くない」「面白くない」「うーん、微妙」 お土産は全て却下された。 「そんな……」 思わずため息をつきそうになり、必死でとどめた。 車内に次の駅へのアナウンスが流れ始める。 女の子は降りる支度をしながら言う。 「ねぇ、ため息ってリラックス効果があるって知ってた?」 「一番のお土産は、おとうさんだよ」 「……はぁ」 俺のため息に女の子は満足げな顔で駅へ向かっていった。

すくな

7年前

- 完 -