探偵は美形である、というのが昨今の推理小説の定説だ。加えて美形で変人は常識で、更に学者なり作家なりと探偵〈役〉が多い。 ううむ、謎だ。なぜ探偵は美形なのか。推理して犯人を糾弾することだけでもかなり恰好いいのに。ううむ、うーん 「変な声で唸るんじゃないよ、森口君。」 涼し気な声で窘められた。はぁいと返しつつも、でもやっぱ疑問。なにせ、それをまさに絵に描いたような人物が俺の傍にいるんだから。
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自分で言ったらおしまいな気がするが、自分はできが悪い。というより要領が悪い。いろいろと残念だ。こんな自分は探偵の助手している。 「君はいつも唸っている」 「あっ。はい。すみません」 できる男に憧れて探偵の助手を始めたが、あの人はできすぎる。落ち着いた雰囲気にロングコートを着こなして、なんというかかっこいい。いわゆるハードボイルドだ。ブラックのコーヒーがよく似合う。まさに絵に描いたような探偵だ。
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「どうやら君は、また何か悩んでいるようだね」 俺が先生と慕う探偵、菊川さんはパイプを片手にこちらを見た。 「な、何故わかったんですか?」 「簡単なことさ。君はさっき、唸っていた。そのうえ君の書類はちっとも進んでいない。以上のことから、君が何か考え込んでいると推測されるよ」 さすが探偵、鋭い観察力だ。 しかし、何でも言い当ててしまうのは時に気味悪がられてしまう。 変人扱いされる探偵の宿命だろうか。
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因みに、菊川先生の本業は探偵ではない。 「推理は趣味でするに限るよ」 憧れなんスけど…探偵。 「君が唸る理由が依頼とか、嫌じゃないか」 …否定出来ないけど! 先生の繊細な指先が机上の鉢植えに触れるのを、何気なく目で追う。クローバー…四つ葉かな…あ、花だ。 「森口君。白詰草の花言葉を知っているかい?」 「幸福、とかですか」 「復讐、だよ」 ニッ、と艶やかな…笑みを向けられて、背筋がヒヤリと震えた。
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「復讐、ですか」 「もっとも森口君の言うとおり幸福などといった花言葉もあるけどね」 先生の指は鉢植えの縁を滑らかになぞる。 「復讐、と言われた方が印象深い」 先生の指は縁を一周してそのまま窓の方に向けられた。 「見てご覧よ、森口君。窓の外にはあんなに復讐が咲いてるんだ」 「は、はぁ」 そして先生はその整った顔に憂いを浮かべて唐突に言った。 「森口君。なぜ僕はこんなことを言い出したのか分かるかい?」
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「美形だからですか」 「…森口君」 「あ、すみません。美形が言うとすごく決まるなと思ってつい」 「それだよ、森口君」 「え」 先生の側でパイプの煙が静かに舞う。 「君は見えているものを信じ過ぎる。白詰草に幸福を見るも復讐を見るも、君次第なのだよ。つまり真実にたどり着けるかどうかは、君が何をどう見るかにかかっているんだ」 痺れた。早く鏡の前で真似したい。 「そこで、この依頼だがね」 先生の目が涼む。
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「この依頼は君に託そうと思う」 「え?俺に?」 「なあに、依頼って言っても、簡単な人捜しさ」 そういうと先生は、俺に関係書類を見せてくれた。 「は、はあ…」 突然の仕事に少々驚いていた俺だったが、次に先生から発せられた言葉は、それを更に上回った。 「私は…この探偵ごっこから手を引こうと思う」 「ええ⁉」 「君もそろそろ、私の側から離れた方がいい」 「突然何言い出すんですか⁉俺は嫌ですよ‼」
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「命を狙われているのだよ」 「えっ...」 言葉を失ってしまった。 探偵に来る依頼は、裏社会に関係するものも少なくない。先生はあまりに危ない依頼は断っているようだが... 「ただの浮気調査だったんだがね。内部分裂に発展してしまったらしい」 とんだ逆恨みだよ、と窓の外に目を向けた。 「復讐から逃れて、幸福を掴んでやろうじゃないか」 ーーあれからどのくらい月日が流れただろうか。
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俺は菊川先生を捜し出すことに成功した。 難儀な道程だった。先生の噂は耳に聞こえるが、いざ、その場所に向かうと、既に事件を解決して旅たった後というから、たちが悪い。 旅の中で俺は探偵として成長していた。今思い返しても、先生と別離した日は印象深い。 残された依頼内容を確認したのは、先生が出て行ってしまった後だった。 『菊川探偵を捜してほしい』 匿名で記された文字に見覚えがあったのは内緒である。
- 完 -