クール

全てがモノクロに色褪せて見える。 感情の希薄な今の僕に、この色褪せた現実を生きろというのだから、なんともまあ神様というものは酷なことを望むのだろうか。 右手には未だにしっかりとあの感触が残っており、少し瞼を閉じようものなら、あの光景がその裏にチラチラと写り込んでくる。 親殺し。 人間の犯す罪の上でも、最も重いものの一つと言ってもいいだろうその罪。それを犯した結果、僕の感情は欠路した。

13年前

- 1 -

だからと言って、後悔があるわけでもない。 感情ひとつなくしたところで、それを悔いたり嘆いたりする「感情」をなくしてしまったのだから。 周りは口やかましく騒ぐ、 なぜ、なぜ、なぜ。 知ったこっちゃあない、 だって持っていないんだから。 感情を。

ney

13年前

- 2 -

そんなモノクロの世界を生きる僕にも、一つだけ残ったものがある。猫だ。僕にまだ家族があった頃一緒に暮らしていた。僕には一切懐いていなかったはずなのに、家を出る際何故だかついてきた。「あんたのせいで寂しいんです」と愛想を振りまいているように思えて、こいつも殺してやろうかと始めは思った。だけど、猫に対して感情剥き出しの自分に気づいたとき、少し救われた気がしたので好きなだけつきまとわせることにした。

りく。

13年前

- 3 -

猫と逃亡生活を初めて一週間が過ぎようとしている。 猫。 こいつの名前は何と言ったかな? 親が何と呼んでいたか思い出せない。 こいつは俺につかず離れず行動を共にしている。 名前をつけて一緒にいたら無くした感情を取り戻す事が出来るだろうか? 行動がクールな猫。 今日からお前を『クール』と呼ぶ事にしよう。 『クール、そろそろ別の所へいくぞ』 移動を始めると、クールは後をついて来た。

errorcat

13年前

- 4 -

街の喧騒から離れるように明かりの少ない方へと引き寄せられるように歩いた。どれだけの時間がたっただろう。みゃー、という猫の声で我にかえる。暗くて周りはよく見えないが、少なくとも人が住んでいる気配はない。後ろをふりむけばクールが黄色い眼球で「もういないと思った?」とでも言いたげに僕を見上げていた。なにを勘違いしていたのだろう。この猫は、希望の象徴なんかではなく、どこまで歩こうと消えない罪の証だったのだ

tsuchin

13年前

- 5 -

なぁ、と猫に尋ねる。 「お前は俺をどうしたい?」 裁きたい?赦したい? 猫は何も答えない。ただ、俺を真っ直ぐに見つめてくる。 きっとこの瞳は俺を逃がさない。逃げても逃げても後ろをついてくる。 罪とはそういうものなんだ。 だってほら、今でもあの感触が残ってる。あの光景が瞼の裏に焼き付いてる。忘れられないんだ。どうしても。 感情は無くせても記憶は無くせなかった。憶えてる。 あの時を。

shion

13年前

- 6 -

『お前、なにそんなもの持ってんだ!おい!やめろ!やめ……』 『ズブッ…』 『……っきゃー!!あ…』 『グサッ……ズッ…』 『な…た……』 『ドサッ…………』 …今でも耳に残っている。身体の全てが覚えている。妙な静けさ、叫ぶ二人、床の上を川のように流れる血、、人を刺した感触、包丁の固い握り手、動かない両親……。 罪から逃げられないことは知ってる。 逃げたくても、クールがいる限り逃げれない。

yut

13年前

- 7 -

だからこのまま旅に出る事が出来たら、クールだろうなと、悠長な事を考えた。 罪を背負った僕と、それを具現するかのように追いかける猫との旅。地平線がよく見える場所なんか行けたら、雰囲気だけでも上等なものだ。今のような焦燥感に追われている逃亡生活とは無縁の、 「って…」 思いっきり現実逃避してしまった。他に考える事があるだろうに、自分の事ながら可笑しかった。だからそういう不安定な自分に、 笑った。

harapeko64

13年前

- 8 -

もう、いいんじゃないかーー そんな声が、聞こえた気がした。とても静かな、しかしよく通るその声はどこか懐かしく感じられた。はっとクールの方を見る。黄色い眼球はあの日と変わらない光りで僕を捉えていた。 もういいじゃないか 声は確かにクールの方から聞こえてきていた。 君も疲れたろう そろそろ休んだらどうだい 何時の間にか頬を伝っていた液体をクールは一舐めすると、僕に背を向け、走り去っていった。

Hitomi.K

13年前

- 完 -