旦那さまの贖罪

時代は大正。
私の雇主は将校の参謀本部に属す、独り身のお方。旦那様は、端正な顔立ちをしており、仕事も粗なくこなす、憧れの方。
もちろん、縁談の話しも多かった。
だが、旦那様は決して、縁談の話しを受ける事はなかった。
何故、旦那様は独り身を貫こうとするのか、その時はまだ知りもしなかった。
だが、ある日、私は知ってしまった。
それは、旦那様の書斎の掃除をしている時に、旦那様の手帳を落としてしまい…

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「しまった、やってしまった…ん?」
手帳から出てきた一枚の写真。
そこに写っておりましたのは、幼き旦那様と女の子が仲良く寝ている写真。

「ははぁ、この人が原因と、そういうわけだったのですか…」

それからというもの、相手の方がどんな方であるとか、秘密にしなければならないほどの身分差があるとか、もしくはもう結婚してしまっていて秘密の恋であったりするとか…
など暇になると、考えてしまうものでした。

マキア
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いろんな想像を巡らせながら、私は物語を読むように写真を見つめた。旦那様と、この幼い女の子にどんな関係があるのかはわからない。しかし、すやすや眠る二人の姿は、微笑ましく、何とも美しい光景であった。
そこに旦那様がネクタイをほぐしながら、だるそうに部屋に入ってきた。
私は強い好奇心から、つい写真の中の女の子について尋ねてしまった。
「この子は、旦那様の初恋の相手なのですか?」
すると旦那様は、

Sherlock
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一瞬にして顔が青ざめる。私から写真と手帳を受け取ると使用人室に戻るよう命じられた。
私は後悔した。旦那様が忙しく写真と手帳を手渡せなかったとはいえ、軽率な態度だった。

暫くたった、ある日のお昼頃。旦那様に私は呼ばれた。

謝罪する私を制すると、旦那様は話し始めた。例の写真を示し私に問う。
彼女は今、どこにいると思いますか?。答えられない。

「彼女は今、青山の墓の中で眠っています」

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彼女は旦那様の幼馴染みだった。やがて許嫁となったが結婚を間近にして病に倒れ、そのまま息を引き取ったという。

「当時、帝国陸軍では組織の大改革に取り掛かっていましてね。一介の下士官に過ぎなかった私も、士官学校の新設に関わることになって仕事に忙殺されていました。彼女が倒れても見舞いにすら行けなかった。酷い男です」
「いえ、そんな……」
「病床の彼女は、きっと私を恨んだことでしょう。だから、私は……」

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一度息を飲んだ旦那様はその後何も告げずにただただ困ったような眼差しをこちらに向けるだけだった。
要らぬ好奇心が私の喉を急き立てる。

「旦那様が縁談をお受けにならないのはこの方がいらっしゃるからですか」

疑問符のつかない質問に、瞳を動かすだけの回答。しん、とした書斎に窓の外の木が風に揺れる音だけが流れた。

何とお慰めすればいいのだろう。普段の鷲のような凛々しさは少しもそこにはなかった。

らぱん
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「私は素敵だと思います。一人の方をずっと愛し続けられるだなんて。この方もきっと旦那様を恨んでいないと思います」
ちらりと顔色を伺ったら、どこまでも減らない口ですね、と窘められた。
「例えばです。その病が意図的に作られたものだったなら、君はどう思いますか?」
含みを持った表現だった。旦那様の顔色が陰った気がした。
「私はね、元々は化学を学んでいたのです。陸軍科学部隊が私の当時の所属でした」

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「彼女の病は意図的に作られたものでした。彼女はもともと体が弱く、引き取り手もないため陸軍に売られたのです。人体実験用の被験体として」
私は目を丸くするより他なかった。
「水銀中毒でした」
旦那様の声は悲しみに包まれていた。手のひらは故人を偲ぶように両手が組み合わされていた。
「旦那様……」
私はそうとしか話しかけられなかった。陰った顔は私を拒むように小さく横に振られていた。

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「...彼女を殺したのは私だ」
「旦那さまのせいではございません!」
「いいんだ、慰めなんて。綺麗事だと思うが私はこの罪と生きていくと決めたんだ。」
そう言った旦那さまの澄んだ瞳を前に私は何も言えなかった。

時は流れ、私は青山の霊園に来ました。
(旦那さま。天国であの方と一緒に・・・)
ふと空を見ると二羽の鷲が飛んでいました。
私の心配は不要のようです。
旦那さま、一緒になれたのですね。

noname
- 完 -

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