置き手紙さんのふであと

お元気ですか。 寒いですね。 ポストに一通の手紙 もうすこしで春ですね。 といってもまだ程遠いきもしますが…。 手紙の返事を書いて自分の家のポストに戻した。 相手は私の家を知っているようだった

かおる

12年前

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次の日仕事帰りにポストの中を覗くと、確かに今朝置いたはずの手紙が消えていて代わりの白い便箋が目に入った。 お元気ですか。 手紙にはいつもこの前置きがされてある。 いつからか、突然毎日のように送られてきたこの手紙。内容はいつもとりとめのない話だ。長らく続く、誰かとの文通は私の密かな楽しみでもあった。 残念ながら文通相手は名乗ってはくれないが、私はこの差出人に「置き手紙さん」という愛称をつけた。

ちゃっく

12年前

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とりとめのない会話の文通が続いていたある日のことだった。 いつも通りポストに入っている手紙を読んで、私は驚いた。 お元気ですか。 今日、私は幸せなことがありました。 私の子供が産まれたのです。 置き手紙さんが自分のことを書いたのはこれが初めてだった。 おめでとうございます。 それは幸せなことですね。 そう返しながら私は嬉しいと同時に不思議な気持ちだった。 その日は私の誕生日だったのだ。

みりん

11年前

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それと同時になんだか嬉しくなって、私は続きを書いた。 お子さんのお名前は決めましたか。 置き手紙さんは、今まで名乗ってくれなかったから、もしかしたら答えてくれないかもしれないけれど。 私はポストにまた手紙を入れた。 ーーー 今日も届いてない、か。 あれから三日程経ったが返事は来ない。 毎日届いていた手紙が来ないと、なんだかそれだけで少し寂しい。 するとその二日後、返事が届いた。

haco

11年前

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お元気ですか。 今日、子供と無事退院しました。今日から、子供の親として奮闘の日々が始まると思うと、楽しみと不安でいっぱいです。 子供は「紫稀」と名付けました。「シキ」、個性的で何処か品のある子に育ちますように。あと、日本人として幾つもの四季を味わってもらいたいと。 私事ばかりですみません。初めての母親業で、気持ちが浮き足だっております。 置き手紙さんの内情を知って、同時に私は動悸した。

KeiSee.

11年前

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私の名前と同じだった。置き手紙さんは、私の母なのだろうか。 私が四歳の頃、病気で亡くなったはずの母なのだろうか。 時空を超えて、母は私手紙を書いているのだろうか。 私は返事をどう書こうか悩んだ。私の名前と同じです、とは書けなかった。母は私とやりとりしているつもりじゃないのかもしれない。 素敵な名前ですね。 ただその一文しか返せなかった。私は小さい頃のアルバムを見て確信した。手紙はやはり母だ。

11年前

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アルバムの写真一枚一枚にはその写真が何処で撮影されたものなのか書かれていた。その字は手紙にある筆跡と一緒だった。 写真の母は私を抱きかかえながら笑っている。 しかし、待てよ?アルバムにある字と手紙の字が一緒だからといって、その字が母のものであるということにはならないんじゃないか?と、私はふと思った。 父が帰ってきたらこのアルバムの字は誰の字であるか確かめてみよう。 アルバムを閉じてそう思った。

マルヤマ

11年前

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パタンとアルバムを閉めた時、玄関からドアを開ける音がした。 「ただいま、紫稀。なんだ、今日は帰ってくるのが早いじゃないか。」 父はくたびれた顔に笑顔を張り付けてそう言った。父の黒い髪に紛れる白髪が今日はやけに目立つ気がする。 「おかえりなさい。いつも通りだよ。あのね、聞きたいことがあるんだけど。」 「なんだい?」 「このアルバムの字ってお母さんの?」 「そうだよ、母さんの字はお前によく似てる。」

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「二月病」、と。 父はそう名付ける。僕の机に重ねられた、同じ筆跡の連なる無数の置き手紙たちを。 こんな二月を続けてもう何年になるかわからない。二月が終われば気づくのだ。毎日自分と他愛のないやりとりをしてくれた、自分の存在に。 母の姿を執拗に求めるのは産婦人科医という仕事柄だろうか、それとも単に、得られぬものを欲するただの子供じみた欲求だろうか。 最後の返信は置かれぬまま、また次の四季が過ぎる。

iago

11年前

- 完 -