(…オンナが、欲しい) 人を斬った後、正之助は常にそんな気持ちに支配された。収まらない血のたぎりを受け止めてくれる肉の器を求めた。 彼にとって女とは犯されるためだけに存在する肉塊であり、それ以上の意味はない。 こんな日は目についた女を捕まえ、おとなしくなるまで殴打した後、気の向くままに犯し尽くし殺して棄てるのが彼の常であった。 大抵の女は泣き叫ぶ煩い奴ばかりだったが 今度の女は、違った。
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角を曲がると正之助の三間ほど前を一人の女が歩いていた。 (こんな刻限に出歩くなんざ遊び女よ。またいつもの様に犯して斬ってすて置けば良いさ) そう思い素早く女に追いつくと袂を掴み顔を覗き込みながら声を掛けた。 「おい、女。俺の相手をせぬか?」 目の前の女の顔の半分は醜く引き攣れ満足に目も開けられぬ有様であった。 「こんな化け物でもいいのかえ?」 しかし、開いている方の瞳は夜目にも涼しげに映った。
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常ならば、阿婆擦れでも醜女でも、正之助の成すことは変わらない。 ただ今日に限っては、何故かその女の顔を殴りつけるのが躊躇われた。女が醜いからではない。貴人を思わせる凛々しさと、真っ当にさえ見える狂気が、女の隻眼に滲んでいた。 「怖気付いたかえ。私は旦那にさえ棄てられた女。今更旦那を恨みはすまいが、どうにも夜は眠れぬもので」 正之助は気付いた。 この女からも血の臭いがする。 女は薄らと嗤った。
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「貴様………まさか……」 「兄さん。ちょいと遊ばぬか?」 女は言うや否や胸元を大胆に開け、その中心部にある紋章らしき物が光だし刀が出てきた。 「旦那に棄てられてからと言うもの毎日こうやって外に出て遊んでいるんじゃがどうにも弱い者ばかりでつまらぬのじゃ」 最近この辺の集落で女が暴れまわっているという話は聞いていた。それもとびきり強い。 「お手並み拝見」 女は不気味に笑いながら刀をねぶった。
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全身が粟立ったのはわかった。だが、己が怯えているということには、暫く気付けずにいた。 そうと知った後、正之助は内心自嘲した。 (この俺が、女ごときを怖れるとは) しかし確かに、女の発する気は恐怖するに足るほどのものだった。 殺気ーーいや、妖気とでもいう方が相応しいか。 (いったい何者だ、この女) ただの醜女とも狂女とも思われぬ。 計りかねる正之助を、女は舌舐りする目で見ていた。
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不意の一閃。 切っ先が眉間の寸先を掠める。反射的に身を引いていた。 「おや、兄さん。私の刃を躱せるなんて、やるじゃないか。嬉しいねぇ」 女は刃を鞘に戻し、柄に頬を寄せて薄く微笑む。半面は醜悪に、半面は妖美に。夜に際立つ姿に総毛立つ。 だが。 (あのオンナを斬りたい) (あのオンナを犯したい) 武者震いが正之助を捉える。身の内の血が熱く滾る。 正之助は、まだ脂と血曇りの残る剣を抜きはなった。
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「良い!良いぞオンナ!!ここまで血が滾るのは久方ぶりだ!」 今まで正之助は女ばかりを斬ってきたわけではない ときに戦場に出て敵将の首をとり、ときに山に出て熊の頭を落とす そんな正之助の血をここまで滾らせたのははたして何人いただろうか 抜きはなった剣をオンナの胸ーちょうど刀の出てきたあたりに向けゆっくりと進む 次の攻撃はおそらく居合い、居合いの届くか届かないかの位置で止まり正之助はオンナの攻撃を待つ
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次の刹那、抜かれた女の刀が空を斬った。 (勝った) 今刀を振れば、女は死ぬ。 しかし正之助の足は動かなかった。 見れば首が、草鞋を噛んでいる。幾つもの首が土中より浮かび上がり正之助を噛む。怨念に歪んだ形相には覚えがあった。正之助が犯し、殺し、捨てた女達だ。 「兄さん、よくもこれだけ殺したねぇ。おかげで助太刀が増えすぎて詰まらぬ」 雁金に斬り下ろされた刃は正之助の鎖骨を易々と断ち、腰骨で止まった。
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朧月の薄陰を割って散る正之助の血は、墨の如き闇となり女に降り注いだ。 血。快感が彼を猛らせる。 「俺の血だ!ハ!その肌も毛も目も口も俺の血に芯まで犯されろオンナァ」 女は嗤い、彼の肩を腰から引き千切る。 悲鳴を鼻で啜り女は腕を食らう。 斬り、千切り、食う、そして又。 男は終に無くなった。 女の指が半面を這う。 醜い筋が増えていた。 「そろそろ逆も食いたいが…」 濡れた足音が長く響いた夜だった。
- 完 -