拳銃を……拾った。 今朝道を歩いていると、偶然、拾った。 弾も、入ってる。 警察官のものだろうか、はたまたヤ○ザさんが使っていたのだろうか。とにかく、拾って、こうして家に持って帰ってきてしまった。 僕はバカなのか。どうみても関わっちゃダメな代物だろこれは。警察に届けるか放置に限るだろ普通。 刑事ドラマでよく見るような回転式の拳銃。弾は6発入ってるようだ。 「どうしよう……」
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……いや。 何を考えているんだ僕は。ダメだダメだ。実際に聞いたことはないが、撃てばかなり音が響くはず。通報されたら隠し切れない。ワイドショーのネタになるだけだ。でも……。 いやいやいや。 実はこれがタチの悪いいたずらで、暴発でもしたらどうする。怪我して病院に行くことになったら、何て説明すればいいんだ。そうだ、うん。そうそう。 と頭の中で考えつつ、僕の指はセーフティを解除していた。
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「バンッバンッバーン!」 ……なーんてね。 ふう。危ない危ない。流れに乗ってつい引き金を引きそうになってしまった。 誰も居ない部屋で格好つけて、壁に向かって拳銃を構えてる僕は最高に格好イイかもしれないが、いくらなんでも発砲はマズイだろう。 もし、弾が貫通してお隣の小日向さんに当たったらどうするんだ。落ち着いて、まずは拳銃を降ろそう。 慌てずにゆっくりと、このままゆっくり降ろし…パンッ!
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チェーホフは言った。物語に拳銃が出てきたらそれは発射されなくてはいけない、と。 そしてそれは晴れて実現されてしまった訳だ。 壁に咲いた一輪の銃痕。薬莢の落ちる音。火薬のにおい。撃ってしまったという事実とそれに対する不安、絶望。 必ず通報があって警察が来るだろう。僕は捕まってしまうのだろうか。 道に落ちてたから撃っちゃったんです。 なんて誰がそんな話信じるだろうか。
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落ち着け、落ち着け。 拾って撃ってしまったけれど、誰かを傷つけたわけじゃない。持ち主の指紋だってついてるはずだ。 何とか冷静になろうとした矢先。 ドンドンと、玄関のドアが激しく叩かれた。 「小日向ですけどー」 隣人の声に血の気が引く。今の音を聞きつけたのだろうか。 まだ拳銃を握ったままの手が、今更がたがたと震え出した。 ……パトカーのサイレンが、遠くに聞こえた。
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「ハッ…」 ガバッ‼ 僕は布団をおもむろにはいで、立ち上がった。 「 フゥー、夢か…。何だったか覚えてないけど嫌な気分だな」 僕は嫌な気持ちも一緒に洗い流すかのごとく、1月の底冷えする冷たい水道水で顔をゴシゴシ洗い、リビングにもどった。 そして朝食をとりながら隣の小日向さんへ今日はどうやって親密になれるかの作戦をねった。 小日向さんは立てば芍薬、歩けば…の典型的な大和撫子さんで憧れの人なのだ。
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そして、だ。 扉を開けたら、そこにあったのは黒光りする拳銃。 あの夢を一気に引きずり出されるように思い出す。血の気が引いていく音を聞いた気がした。 「た、弾は⁈」 あれは正夢ってやつだったのか⁈ 慌ててチェックすると、入っていた弾はやはり… 「5発…?」 夢と違う。 …まぁ、ただの夢だしな。 拳銃を握りしめたままホッとしていると、小日向さんの足音がして、また慌てて扉を閉じた。 …拳銃を持ったまま。
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ドンドンと、玄関のドアが激しく叩かれた。 「小日向ですけどー」 正夢に血の気が引く。やはり弾は放たれたのだろうか。 まだ拳銃を握ったままの手が、今更ガタガタと震えだした。 救急車のサイレンが遠くに聞こえた。 玄関の扉を開けた。 拳銃は後ろ手に隠している。 小日向さんはやはり、大和撫子って感じで清楚で美しかった。 拳銃・・・。
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「撃ったのはあなたね」 小日向さんは冷たい目をしていた。 夢ではなかった。壁の銃痕がそれを証明していた。 「ぼ、暴発なんです」それは事実だった。 「ええ、二発目はそうでしょうよ」 救急車は近くで止まったようだ。 「二発目?」 「でも“彼”を殺めた一発目は、あなたが故意に撃った── ──ことに“なった”のよ」 彼女の軍手が目の前で燃やされるのを見て、僕は全てを悟った。 「はめやがったな」
- 完 -