手を伸ばしても届かない

「証明書を下さい」
そう言って青年は大金を差し出した。
私はワザと鼻を鳴らして「証明書とは何のことでしょうかねぇ。こんな寂れた古物商で客に売れる証明書と名の付くものは、精々子どもが扱う玩具ぐらいですが」と応える。
「ふざけないでください!ここで売っているのでしょう?人間の証明書が!」

竹原ヒロ
- 1 -

それは一部の者にしか開示されない情報。なぜこの青年は知っている?。危険な芽は排除すべし。

「誠に申し訳ありません。一見様の証明書の取引は、紹介状を拝見させて頂いてから行うよう定められております。どなたからか、当店をご紹介になられた御方でしょうか?」

青年の顔が赤黒くなる。紹介状は無いようだ。

「証明書は貴重な品。失礼を承知で、質問をさせて頂きます。何故、人間の証明書をお求めに?」

some
- 2 -

うるさい、と青年が怒鳴る。
「いいから早く出してください、俺は急いでるんだ!」

激昂した青年の様子に、私は眉をひそめる。
理由を訊いているのいうのに。やれやれ、と溜め息を吐き、再度問うた。
「証明書をお求めの、理由を。相応の理由がなければ、いくら差し出されようとお売りすることはできませんよ」

青年は言葉に詰まり、口を噤んだ。

しばらく沈黙が流れ、青年が口を開いた。
「理由があればいいのか」

pinoco
- 3 -

青年は一枚の写真を提示した。そこには一人の女の子の姿が写っていた。
「彼女と共に暮らすには、人間である証がなければいけない」
愛のため、か。急を要している辺り、人間でないことが通報されたのだろうか。
「事情はわかりました」
私はきわめて落ち着いて青年に伝えた。
「ご存じの通り、人間である証明書があれば、あなたは人間と同じように扱われることが出来ます。それであなたは如何様な種族です?」

aoto'
- 4 -

私は青年の口から聞こえた言葉に、我が耳を疑った。
「天使」
青年は確かにそう言ったのだ。

「天使……?」
私は直ぐに我に帰ると、その青年を凝視した。
「お客様、失礼ですが、天使の羽は一体どこに?」
「もうない」
青年は囁くように言った。
「堕ちた時に羽は焼かれ、輪は奪われた」
私は言葉を失った。
今まで幾人もの人間に証明書を発行してきたが、こんなケースは初めてだ。
私は思わず、乾いた唇を舐めた。

焼きそばぱん
- 5 -

「つまり堕天使なんですね? しかも、追っ手がかかっていた。彼らに焼かれたのでしょう?」
「そうだ。そういう事だ」
他にも何か隠しているようだが、ここで追求しても何も言わないだろう。私は写真を指差しながら先を続けた。
「その女性と暮らしたいという事ですが、彼女との関係はどの程度なんです? 出会ったきっかけから教えてもらえませんか?」
「な、なぜだ? なぜ、そんな事を訊く?」
「言いたくないので?」

ぷにぷにヒロ坊
- 6 -

「こちらとしてもリスクを負いながら商売していることは容易に想像できるかと思います。
それを何ら事情を説明せず、目的を語るだけで求めようとするのは、些か強硬だとはお思いになりませんか。」
青年は悩ましげに頭を搔く。
そして、見定めるような目で私を見つめる。

しばしの黙考の後、青年は口を開く。

「彼女は…彼女もまた、堕天使だった。
…ただし彼女は、自ら天界を発った身。」

あおい鱗
- 7 -

でも俺は、と言って青年は口を閉じた。少し目が泳いだ。認めたくない。そんな反抗心が垣間見える。
「…俺は、追放された身だ」
私は黙って聞いている。こういう客は、話を急かすと面倒なのだ。それに、私には興味があった。天使が堕ちた、その理由というものに。

「天使は、人間を愛してはいけない」
青年はかすかに俯いて言う。
「でも俺は、人間に焦がれて人間になった彼女を愛してしまった。堕天使だとも気づかずに…」

遠雷
- 8 -

「……仕方ない。人間の証明書を発行致しましょう」
「本当か!」
「ええ。このままでは気の毒ですから」
そう言うと、青年は顔を綻ばせた。

本当に気の毒な青年だった。きっとここに来るまで、長い時間悩んだのだろう。しかし……
青年にとっての“長い時間”は、人間界での“云十年間”だ。人間と天使の寿命の違い。それを知らずに、今は亡き彼女に会いに行く青年に、「逝ってらっしゃい」と手を振った。

紫月 玲
- 完 -

novelnoveは
9人でひとつの
ストーリーを完成させる
参加型小説アプリです。