黒猫は、不吉でしょうか。

大きな猫を一匹、飼うことにしようかと思うのです。 長く迷っていたのですが。 お金を出して買うのではないのですが、迷い猫にしては毛並みの良い、大きな猫を見つけたのです。 手を伸ばせばふいとあちらを向き、ため息つけば鼻先を摺り寄せ、はっとすればもう傍をすり抜けて。 おいでと呼んでも振り向きもしないのです。 甘え上手で寂しがりの、夢のように美しい大きな猫を、一匹。 飼いならしてみたくなったのです。

11年前

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ペットショップには、子猫ばかりあります。 子猫は、にゃーにゃーか細く鳴いて、手を出せばじゃれついたり、ぺろぺろと舐めたりするのです。 いかにも、可愛いだろといった具合で、余りに想像通りの、世間の云う可愛いさ通りで、恥ずかしくなるのです。 私は子猫に、明確な、あざとさを感じてしまうのです。 もう少し、老練で、落ち着いた、静かな猫が、よいのです。

朗らか

11年前

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あの猫は、滅多に鳴きません。ほんの気紛れに、私に擦り寄るときですら。 いつも静かに、とろりと光る両の眼を瞬かせて語るのです。 私が飼おうと決心したときには、その眼に愉快げな光を踊らせました。 さて、どうすれば私に飼われてくれるでしょうか。 私は元来、黒が好きですが、あの猫の持つものほど美しく凄艶なそれを、他に知りません。 その色に似合う赤の首輪など、差し出してみるのはどうでしょう。

みかよ

11年前

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気を遣うのが餌でして。 猫のくせに、なんて聞こえるところで言えませんが、見た目通りの気位の高さでして。 私が見ているところでは決して食べないのです。見ないようにするのも気を遣うのです。 あの話はどうなったのか、ですって?あの赤い首輪ですか。もちろん気に入ってくれました。 私が差し出すと暫く見つめていましたが、すっと座り目を閉じていましてね。 『早く付けたらいいでしょう』 と言わんばかりでしたよ。

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そんな猫ですが、飼い猫とは違う唯一の特徴があります。 名前をつけていない。 というか、呼んだことがないのです。名前を呼ばなくても自分から寄ってくるし、無理に名前をつけようとするとあからさまな無視をし始めるのです。 そして気づきました。 こんな気位の高い猫に名前なんていらないのだと。 名前は本来区別をつけるためにつけるもの。 この猫にはそんなものは必要ないのだと、私は悟りました。

largo

9年前

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猫は毎日を有意義に過ごしているように思います。 いつまでも若々しく見えるのはそのせいでしょうか。 少女のようなはしゃいだ雰囲気から落ち着いた艶のある女性の雰囲気まで、いとも簡単に纏ってしまうのです。 自由気ままに過ごしている猫でしたが、三時からの十分、共に日向ぼっこをすることは欠かしませんでした。 いつ頃からついた習慣か思い出せないのですが、三時になれば自然と陽のあたる場所へやってくるのです。

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お気に入りの場所は、猫の気紛れでいつも変わります。 そして定位置を決めると私の膝元を枕とするのです。 優雅な足を乗せて「それでいいの」と、私の足が痺れるなんておかまいなしに。 なんという拷問でしょう。 ですが、その女王のように取り澄ました態度が私には憎からず思うのです。

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私は気がつきました。私こそが彼女に飼いならされていることに。必要以上に近寄らせないが、世話は全て私にさせる。まるで召使いでした。 実は以前、私は黒猫を飼っていました。丁度彼女のように美しい毛並みの、高潔で美しい猫を。 けれど、愛しすぎて殺してしまったのです。だから私は猫を飼うことをためらっていたのです。 彼女は、生まれ変わって私に復讐しようとしているのかもしれない。否、そうに違いない。

F.🍬

8年前

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元々が気ままな野良なのですから、彼女を愛し過ぎた私が三時にいつもの縁側へ姿を見せずとも、「おや」とも思わずただ丸くなり其処へ眠るか、或いはもっとあっさりと、するり何処かへ立ち去ってしまうやも知れません。 構うものですか。 けれどもやはり、突然に独りにするのもどうにも気が引けて。淋しがってくれるのじゃないか、なぁんて、端の方で期待してみたり。 まだあともう少しだけ。 死神さん、時間をください。

- 完 -