君が奏でる緋色の旋律

まあ。 初めからこうなる事は分かっていたのかもしれない。必然である事実を変えようと思う程、僕だって落ちぶれちゃいない。 ……なんて、 「人一人殺しといて、何が落ちぶれていないだよ……」 僕は他人事のように、“君”の血で染まった包丁をその場に捨てた。

Rion

12年前

- 1 -

君はいつも僕のことを見ていたね。 「あなたの笑顔が好きなんだ」 細く白い指先で僕の輪郭を撫でる君。 僕はその感覚がたまらなく気持ちが良くてで目を閉じる。 「あぁ、なんて幸福な時なのだろう。いっそこのまま時が止まってしまえば良いのに。」 僕はぼんやりとそんなことを考えながら、君の体にきらめく刃を突き立てる。

雨城ルー

12年前

- 2 -

君の肌に触れると、まだ暖かかった。 薄く開いた目には、もう何の光も灯っていない。そっと瞼に触れ、閉じる。 まつ毛、長いなぁ…。 細く白く、長い指先に触れる。 この指は、本当に僕を楽しませてくれた。 僕はこの指が大好きだった。 この指が奏でる旋律は、意識が朦朧とするぐらい魅了された。 「もう動かないんだよね…」 僕が殺したから。 君はきっと恨んでいるよね。 でも、それが快感なんだよ。

貴崎星護

12年前

- 3 -

あの日、たまたま入った裏通りに佇むバーで、君はピアノを弾いていた。繊細なのに何処か壊れたかのような不規則なリズムに、快楽にも似た心地よさを感じていた。 あれ以来、何度あの店に通っただろう。 いつの間にか、君は僕の視線を意識して、舞台から僕を探していた。 あの日、声をかけた時、君は喜びを隠そうともしなかった。 「店、終わったら飲みにいかないか?」 「勿論です。僕も貴方と話がしたかったんだ」

Salamanca

12年前

- 4 -

君は本当にピアノを愛していた。 ピアノの素晴らしさを語る君の頬は、酒の所為ばかりでなく仄かに上気して僕を誘っているようだ。そして僕はその衝動に逆らわない。 「素晴らしいのは君だよ」 例えば君のメロディ、リズム、全てを完璧に模した自動演奏を聴いても、僕の心は震えない。 君の鼓動を感じない音に興味は無い。 君の生命に、この手で触れてみたい。 滑らかな頬に手を添えると、君は少し驚き、僕の掌に唇を寄せた。

Hydrangea

12年前

- 5 -

それから二人でたくさんの夜を語り合った。伴奏が終わると二人カウンターでお酒を飲みながら好きな音楽家やお酒の種類、幼い頃の話をしては笑っていた。君は長いまつげを瞬かせ瞳を潤ませて僕を見上げるので つい僕が君に「君の全てが欲しいよ」と言うと君は白い肌に赤いインクがついたように真っ赤になったものだった。 そんな君にまたどうしようもなく魅了されて僕の鼓動が狂ったように跳ねて君を求めては暴れる。

マキア

11年前

- 6 -

君の白い肌は、赤がよく似合う。白い肌が赤く染まる様が僕を昂らせる。 その欲求は僕の中にいつもあった狂気だった。紅潮する頰よりも体を巡る血の”赤”が僕の求めるもの。 君の指先から奏でられた音とそこから伝わる鼓動が、抑えていた本能を呼び覚ましたんだ。 「君の全てを」 触れた指先から君の熱が伝わり、僕は言葉を飲み込み君を抱き寄せた。君の鼓動の拍と僕のそれを互いに感じる。 君は僕を連れて店を出た。

11年前

- 7 -

細い路地を何度も曲がり、廃工場の中へと忍び込む。コンクリートに囲まれた無機質な空間は、何かざわつく心をさらに不安定なものにさせた。上気した2人の顔、どちらの鼓動かわからなくなるくらいの興奮が、思考を奪っていく。 ああ、この不協和音は、全て僕だけのもの… バーのどの客も、聴いた事がないであろう、この素晴らしい旋律。 この恍惚とした表情も僕だけのもの… そして 全ての旋律を奪うのも僕だ。

11年前

- 8 -

この快感が絶頂を過ぎた頃、物言わぬ君にさよならを言う時が来た事を悟った。何せ 君は二度と僕を魅了する事はないのだから。 この先に僕を待つのは退廃的な未来だろう。 傍から見たら、ただの異様な殺人事件であり僕は突発的に人を殺した異常者だ。皆この事件の背景に何があったのか困惑するに違いない。 でも僕は 初めからこうなる事はわかっていたのかもしれない。 あの日、あのバーでピアノを弾いていた君を見てから。

コウロウ

11年前

- 完 -