彼女と言う名の“僕”

今日も授業を終えて、僕は廊下を駆けていた。一昨日からの日課で、行き先は何と男子トイレ。個室の奥から二番目が、僕の特等席だ。下品な話は嫌だけど、別に用を足す訳ではない。ここは心温まる、僕だけの居場所。この部屋の壁を隔てた女子トイレから、優しくてぬくぬくした声が聞こえるんだ。話しかけると、いつでも応えてくれる、知らない女の子の声。今日も話していて、ふと思ってしまった。会ってみたいな、と。

うたたね

12年前

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 でもまだそんなことは、とても言えない。けど、あの女の子もそろそろ僕に会ってみたいと思っているかもしれない。そんな確信のような期待が湧くんだ。何故なら、このトイレの個室に入って壁ごしに話しかけると、壁からあの女の子の返事がある。どの休み時間でも必ず、ある。それはつまり、あの女の子が僕をいつも待っているから…そうとしか思えない。何気無い素振りで僕はまた、トイレの特等席へ入った。今日は5度目。

Pachakasha

12年前

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息を弾ませて、僕は遠慮がちに壁に話しかける。するといつも通り、彼女の声が返ってきた。 ーーーいた。彼女は今日も、いてくれた。 彼女の声は優しく笑っていた。僕の弾んでいる息が聴こえたのだろうか。 「どうしたの、今日急いでた?」 ……ばっちり聴こえてたみたいだ。 「…うん、ちょっとクラスメートに邪魔されてて」 そう、今日はやたら喋るクラスメート、タロウ=ヤマダにがっつりからまれたのだった。

りすた

12年前

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ふふ、と女の子が笑う。 ああ、僕はこのぬくぬくとした声が好きだ。この声を聞くために学校に来ていると言ってもいいくらい。 「ねえ、そのタロウ君ってどんな人?」 女の子が尋ねる。 「うーん……とても早口な奴だよ。おまけにやたらと話が長いし」 タロウを好いていないというのもあるが、女の子が他の人を気にするのがなんだか嫌だった。 真白のトイレの壁がすこし暗くなった気がした。

宝珠院

12年前

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「…私ね…」 壁の向こうから暗い彼女の声が通ってゆく。 どうしたんだろう…僕は壁通しに話しかけてゆく彼女の声に不安感を覚えた。 「…ううん…なんでもない…。」 無理してるのか、少し明るめで遮る。 「ねぇ…君はどうしてここに居るんだい…どうしてこの僕と会話がしたいんだよ…。」 僕は今までの疑問を彼女に問いかける。

12年前

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「………」 彼女は黙ってしまった。 ……… 沈黙が続く。 「えっと…「あの 「「あ」」 声が被ってしまった。 う~ん。気まづい。この質問はまずかったかな…?お先にどうぞ。とか言うべき?え、こういう時って何て言えば言いんだろ。 俺の頭がプチパニックになり、我にかえった時には切り出すタイミングを失ってしまっていた。 また沈黙が続く… そして彼女が沈黙を破った。「あのね…私は……この世に存在しないの。」

夢亞☃

11年前

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「え?」 「この世に存在しないの…」 どういう意味だ、この世に存在しないというのはこの世に存在しないということなのか?ん? 「え…と、どういうことだろ?」 「そのままの意味。死んでるんだ…私」 死んでる?彼女が? 「びっくりしちゃうよね?」 「びっくりも何も信じられないよ君が死んでるなんて」 信じられない。というよりも信じたくないのかもしれない。

こん

11年前

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死んでる…なら彼女はどこにいるんだよ。 「き、君の言ってることがわかんないよ」 「ごめんなさい、酷いよね…いきなり。」 「どこに…るん、だょ」 「…?」 信じたくなかった。 彼女はいつも僕の話を聞いて、楽しそうに笑っていた。 幽霊なんて信じたくなかったのだ。 こんな優しい幽霊がどこにいるんだ… 「君は!どこにいるんだよ!」 「…」 「僕は君を最初から失ってなどいたくないんだ!」 「貴方は私なの…」

11年前

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「私は貴方の、 想像で出来た理想の人間なの」 どくん、と心臓が震えた。 「う...そだ... だって僕は君とっ...」 「ごめんね」 「っ...いやだ...」 「ごめん...だけど安心して。 私...ううん、 僕はいつも君の中にいる。 そばにいるから」 頬に涙が滴り落ちた。 「君は一人じゃない。」 ーーーーだから。 「がんばって、僕。」 ーーーー応援してるよ。 僕の声は頭の中に消えて行った。

ALBERICH

11年前

- 完 -