草木も眠る丑三つ時。奴がやってきた。 「怖い話大会しようぜー」 「おい今何時だと思ってるんだ」 「深夜2時」 「帰れ」 こいつが突然部屋に来ることには慣れたが、流石にこれは許す訳にはいかない。睡眠を邪魔する輩は敵だ。安眠妨害はそろそろ犯罪として認めるべきだろう。 「そんなこと言うなよー」 ドアノブをガチャガチャさせて、奴が抗議の声を上げる。くそっ……このままでは近所迷惑にもなりかねない。
- 1 -
仕方なくドアを開けた。大喜びで奴が入ってきた。 「ありがと〜」 「あのままガチャガチャやられたら近所迷惑だからな」 「またまた〜そんな事言っちゃって〜ツンデレツンデレー」 俺はキレた。こうなったらトラウマになって眠れなくなる程の怖い話をしてやる。 幸い昨日『本当にあった世界の恐ろしい話』という本を読んだばかりだ。ホラー好きの俺でも背筋の凍える話だらけだったし。
- 2 -
俺は奴を部屋に入れると、直様照明を消し、その場に座った。 そして、火事になる危険を恐れ、蝋燭の代わりにLEDライトを上にかざした。 「よし、始めるぞ」 「おう」 「…それは19世紀のロンドンの話…」 俺は訥々と語り始めた。 そして、いよいよクライマックス。 と、その時、 「あのさ〜、それって最後自分も襲われて、崖から落ちるってやつだろ?」 「え?」 「俺その話知ってるわ。別の話にしてくんね?」
- 3 -
「つーか舞台が19世紀のしかもロンドンとか作り話臭しまくりで面白くねえだろー、大方『本当にあった世界の恐ろしい話』でも読んだな?」 「うっ……」 図星である。しかし、なぜ俺がこんなやつに切々とダメ出しをされなくてはならんのだ。 「じゃあお前がしてみろよ、怖い話」 「もちろん!とっておきの怖い話してやるよ〜」 そう言って奴は、徐にLEDライトで顔を下から照らし、ニヤついた顔で話し始める。
- 4 -
「これは、俺が中学の時の話で」 話し始めると急に真剣な顔になった。これは最後に大きな声を出して驚かすやつだ。俺は身構えながら奴の話に耳を傾けた。 「日曜なのに担任に無理やり呼び出されて、どこかの遺跡の土器の修復作業を手伝わされたんだ。作業してると教室の入り口を強く叩く音が聞こえ始めた。入り口には四角いガラスがあって教室を見渡せるんだけどそこに土気色した女が”返せ”と言いながら入り口を叩いていた」
- 5 -
「俺は怖くなり教室の後ろにあるロッカーに隠れたんだ。そしたら、”返せ”って言いながら一つずつロッカーの扉を開け始めた。ギィィ”此処じゃない” やっぱりそうだ!よし、こいつより先に言ってやろう。 だんだん俺が隠れてるロッカーに近ずいてくる。そしてとうとう、ギィィ 「ここだー!」 わっ、何だよ!ビックリするじゃないか!」 ハハ、やっぱりな! 「いいから黙って聞けよ」 え、続きあるの?
- 6 -
「そしてとうとうギィィ"此処じゃない" 女は自分ではなく何かを探していた。その何かが気になった。しかし怖くて聞けない。いやそもそも話せるのだろうか。 そんなことを考えているうちに 好奇心に負けてしまい話しかけてしまった。 あの…を何か探しているんですか?女はしばらく黙り口を開いた。"この位の…土器" 女はジェスチャーをする。 それは今自分が修復作業していた土器と同じくらいのおおきさだった。
- 7 -
──で、その土器がこれだ」 奴は何処に持っていたのか土器を取り出し、そこに置いた。 「はぁ!?お前、何持ってきちゃってんの!?」 「実物あった方が分かりやすいだろ?」 「いや…ってかその女は!?」 「ああそれな、実はその後土器を渡そうとしてな──落としたんだ。それで土器はバラバラ、女はいつの間にか消えていた。 それで気がついたんだが土器に嵌ってたらしき指輪が──」 ガチャガチャ 「"返せ"」
- 8 -
俺たちは顔を見合わせる。 「早く返して来い!」 「俺には無理なんだ」 本当に人に迷惑しかかけない奴だ。 恐怖より怒りが勝って、指輪を奪い扉に向かった。 現れたのは意外にも美しい女性。 「返します。奴がすいません」 女性は頷くとすうっと消えていった。 何はともあれ一件落着である。 振り返るといつの間にか奴も消えていた。 その昔、婚約者に指輪を渡せずに戦死した男の話を聞いたのは後になってからである。
- 完 -