間違いない事件だ。長年の警察の勘が俺に訴えかけている。 一見ただのイタズラに見える。しかし好き好んでタヌキの信楽焼を盗む奴がいるとは思えない。 警察はイタズラと決めつけ動こうとしない。俺は独自に捜査を始めた。 まず裏に詳しい奴に話を聞くべきだ。ロージーは嘘つきだが裏の情報には誰よりも詳しい。 俺は町外れにあるBARに来た。勿論酒を飲みに来た訳じゃない 「ロージーはいるか?酒を奢りに来た」
- 1 -
「ロージーならそこで潰れているよ。飲ませるなら連れて帰ってからにしてくれ」 BARのマスターはくいっとロージーを顎で指した。 カウンター席の左奥。赤ら顔で突っ伏している男がロージーだ。若ハゲの頭。似合わないブラウンのトレンチコート。飲みかけのウイスキーに入った氷は溶けている。 「ロージー、目を覚ませ。酒を奢ってやろう。聞きたいことがある」 酒、という言葉に反応し、ロージーの耳がピクンと揺れた。
- 2 -
BARの外は冬の寒さに満たされていた。寒さでロージーも酔いが醒めたようだ。足取りがしっかりしている。 「仕事の話なんだろ?」 「あぁ、タヌキの信楽焼が盗まれる事件があってな。なんか気になっているんだ」 ロージーは鼻で少し笑った。 「お前も暇だな。でもいいことを教えてやるその盗まれた信楽焼は森に運ばれている」 「お前も暇だな。でも有難う今度何か奢るよ」 「最近は日本酒にはまっているんだ、じゃあな」
- 3 -
森、というのはこの界隈の隠語で、歓楽街の最深部エリアを意味する。素人が足を踏み入れれば、一時間もかからず身包み剥がされるような危険な場所だ。 そんな場所に、一体誰が何のために…? 真相を確かめるため、俺は森を訪れた。迷路のように入り組んだ路地には怪しげな店が所狭しと並んでいる。 下卑た人相の客引き達をあしらいながら歩いていくと、とある店先に一匹の信楽タヌキを見つけた。 骨董屋のようだ。
- 4 -
軒先には『タタゲ骨董品店』と書かれた赤提灯が揺れている。看板の点灯で営業を窺い知るのは容易だったが。 「畜生、店のジジイが居やがらねぇ!逃がすな、追うぞ!」 さすが無法地帯と言うべきか。先客として、森の番人達が荒々しく店から出てくる。 咄嗟に物陰へ身を潜めた俺は、連中と鉢合わせないよう修羅場をやり過ごす。その間にも、この店やはり何かあるな…?と思索に耽っていると。 「やれやれ。行ったか?」
- 5 -
ひょい、と店先のマンホールを持ち上げて白髪の老人が顔を覗かせた。俺があっけにとられているとこちらの身なりにさっと視線を走らせ「最近はまともな客の来たためしがねえ」と穴の中を親指で指し示してくる。 「表の店はハリボテだ。来な、信楽のタヌキにご用だろうが」 鉄製の梯子を伝い降りると、そこは宴会場ほどもあるだだっ広い空間だった。広間には数え切れないほどの信楽焼のタヌキが面を上げて堂々と鎮座している。
- 6 -
「単刀直入に聞くが…タヌキを盗んで回ってたのはじいさん、アンタなのか?」 「いんや、盗んだのはさっきの荒くれどもさ。…まぁ、言い値で買い取る約束で持って来させたのは儂だがな」 流石、森に居を構えるだけのことはある。老いても食えないじいさんだ。先程の騒動から察するに、あいつらを利用するだけして、雲隠れを決め込んだのだろう。 「一体、目的は何だ?」 「昔こやつらに隠した宝を返して貰う、それだけだ」
- 7 -
「宝って?どうして俺にそんな話をする?俺がタヌキを盗んだらどうするんだ?」 「お前さんはそんなことせんだろう。な?警察のあんちゃん」 目を眇めて、タヌキを背に立つ狸親父の様子を伺う。特にタヌキが警察に見つかったからといって困った様子もない。 「まぁ、そんなに警戒するな。こやつらの中に入っているのは儂にしか価値のないものなのだ。だから、お前さんが盗んでも宝でもなんでもないというわけだ」
- 8 -
「結局儂は、こんな物騒な地で鬱々とした店を構えるくらいにしか能がなかったがね…それでもここまでめぐり巡ってこいつらが戻ってきて嬉しいのさ。 タタゲ、っつうのはね狸のことだよ。 いやぁ猫だったと訂正されたんだっけ。 なんでも構いやしねぇのさ。廃れない有名な…最も、木彫りのクマに隠すには入りきらねぇからよ。 ほれ…写真だ。さぁて警官さんよ、片っ端から開けて片付けまで手伝ってくんな?今夜は長くなる」
- 完 -