僕は今日買い物に行きます。 はじめてのお買い物。 お母さんに頼まれたの。 うれしい。 真新しいズックを履いて一人でお家を出発したの。 お店までの道、僕は知ってるよ。 てこぼこの道をまっすぐいって突き当たりの犬がいるお家が見えたら右に曲がるの。 犬がいるお家が近づいてきます。 大変だ。 犬がいない。 いつもの犬小屋に犬がいない。 犬がいないお家を右には曲がれない。 犬を探さないとお買い物ができない。
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新品のズックはだんだんと僕の踵を痛くした。帰ったらママに叱られる。 だからいつものにしなさいって言ったでしょ! でも、じゃあ一体いつ新品は新品じゃなくなるんだろう?履かないと新品じゃなくならないのに。ママの言うことは時々わからない。 それより犬だ。 右に曲がれないなら戻るか左かしかない。 来る途中に犬はいなかったと思うな。猫はいたけど。カラスも。 だけど犬はいなかったから、僕は左に曲がる。
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雲一つない青空を背景に左にすんずん進んでゆく。 もうこれはおつかいなんかじゃない。 冒険だ。 右ポケットに入っているお金で旅に出るんだ。 そんな胸ね高鳴りを感じながら通りへ出た。 そういえば何を買うんだっけ?卵にベーコンに牛乳、それにおやつのポッキー。 そんなのいいや。胸の高鳴りを感じながら歩道橋を渡り、地下鉄の駅についた。 その時、前から犬を連れたおばさんが近づいてきた。 あら?おつかい?
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ううん、ちがうよ。さっきまでそうだったけど。僕は冒険しにいくんだ。 あれ?ここには犬がいる。じゃあ右に曲がらなきゃいけない。……右ってどっち?ここには曲がり角がないのか。 ばいばい。おばさんに別れを告げた。 あっ、ちょっと!おばさんは何か言いたそうにしていた。 歩いているうちに、人がたくさん通る場所に辿り着いた。○や×のマークが光っている機械に、カードみたいな物を入れている。 あれはなんだろう。
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ふしぎに思ったけど、ミチのせかいがあれば冒険するのがオトコだ。 おじさんの後ろについて道を通ろうとしたけど、ブブーッてすごい音がして扉がしまった。僕は頭をぶつけてしまう。 ちょっとちょっとボク、キップはちゃんと買ったかな? 振り返ると帽子をかぶった男の人が道の入り口に立っている。 お金を払ってキップを買わないと電車には乗れないんだよ。 僕は右のぽっけの中にあるお金を全部出す。 行き先はどこかな?
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切符、電車、行き先。 三つの言葉が僕の頭の中で手を取り合った。なんとなくいい調子だ。 切符、電車、行き先。 僕がくふふと笑うと、帽子の人はなんとママが怒るときのポーズをした。 やばいぞ! 怒られる前に、僕はもう一度お金をポケットに突っ込んで走り出した。ちょっと、との声に振り返らない。これが多分青春て奴。 人の足元をすり抜けて、ぶつからないように急ぐ。ええと、どこに行くんだっけ。
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まあ、いいや。どこへ行くかわからない方が、いかにも冒険って感じがする。 ホームに来た電車に飛び乗り、ドアは閉まった。帽子を被った男の人が慌てて走って来たけれど、電車は走り出していた。 どこへ行くのかワクワクしながら流れていく電車の外を見ていたら、あくびが次々出てきて、いつの間にか眠ってしまった。
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お家の前に、ママが立っています。うれしいな。ずっと待っててくれたんだ。僕は、持っていた買い物ぶくろをママに渡します。 ほらね、ちゃんとお買い物できたよ。僕、もうお兄ちゃんだもん。あれ、ママ、なんで悲しい顔するの? あれ、ふくろの中が空っぽだ。あれ、あれ…? 目を覚ますと、僕はまだ電車の中。窓の外は知らない町が見えます。 なんでかな、涙が出てきちゃった。 なんでかな、ママ、なんでかな…。
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僕は困った ママぁ 僕は泣きながら電車を出た ママにもうあえなくなっちゃうのかな 僕は一目散に走り途中で誰かに声をかけられた。 「僕、ひとりかな?」 紺色の帽子をかぶったおじさんだった。 僕はお家に帰られなくなったことを話すとおじさんはママに電話をしてくれた 「もうっ心配したんだから」ママは泣きながら僕を抱きしめた。 ゴメンねママ でも僕1人で大冒険したんだよ ちょっぴり怖かったけどね
- 完 -