高校時代、好きだった2つ年上の先輩を追いかけて、私は高校卒業と同時に大手企業に就職した。 彼と同じ場所で過ごして恋をして、いつかは結婚して、彼の子どもを身籠るために。 それだけのためにこの企業に就職した。 「久しぶり、だね。」 彼は驚いた顔をしながら、それでもあのときと変わらない笑顔でそう言った。 「先輩がいるなんて、知らなかったです!なんだか安心しました。」 私は小さな嘘を並べて。
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「良かった…、君もこのA社に?」 彼は、安堵の表情だった。 「あまり、慣れないから…君が来てくれて良かった」 「そうだったんだ」 私は、予想外の言葉に頬が紅潮した。 「偶然でも、ありがとな。」 私の顔は、益々火照っていく。 「こんな偶然、滅多にないよね!」 「まあな」 そんな感じの1年だった。 2年目の人事、大幅に変わった。 勿論2人は離れた。 非情な異動にわたしは、慟哭した。 虚しいほど…。
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毎日顔を合わせることもなく、 本当に同じ会社にいるのだろうか、と思うほどだった。 しかし、 先輩と会えないわけじゃない。 先輩とこのまま離れ離れになって、 忘れられてしまうのはいやだ。 『先輩と離れ離れになって、 仕事がなかなかうまくいきません、 前みたいに先輩と一緒に仕事ができたら心強かったのにー 先輩はどうですか? 新しい環境には慣れましたか?』 メールを打ちながら私はため息をついた。
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送信をためらっていたその時、私のケータイは鳴り出した。 「もしもし、あの…先輩ですか?」 「おう、久しぶりだな。どうだ?新しい環境には慣れたかい?」 「ぇぇ、まぁ…」 「突然ですまないが、キミに話しておきたい事があるんだ、週末にでも会えないかな?」 突然の誘いに私は心が踊った。 「もちろんです」 そう言ったあとの事は感動や興奮であまり覚えていないが、少しばかり談笑して電話をきった。
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待ちに待った週末。 私はいつもより気合いをいれて出かける支度をした。 先輩に少しでも可愛いと思ってもらえたらいいななんて考えながら。 待ち合わせ場所は、落ち着いた雰囲気のカフェだった。こんなお店で、そういえば先輩の話しておきたいことってなんだろうと思いながら店内に入ると、先輩は既に着いていた。 私に気付いて微笑みながら軽く手をあげる先輩。 でも私は凍りついたように、その場から動けなかった。
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先輩の隣りに綺麗な女性が座っている。この時、先輩の話の内容が分かってしまった。 私は何の為に着飾って来たんだろ? 楽しみにしていた今日と言う時間が一瞬で悲しみの日になってしまった。 私のこんな思いを分かる筈もない先輩が手招きしている。 このまま帰りたい気分なのを飲み込んで先輩の所へ歩いて行った。
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隣に座っていたのは会社の同僚だった。 彼女とは仕事の休憩や食事の時によく恋愛の話をしていた。一番の親友と言ってもいいくらい何でも話せる仲だった。 彼女からは「結婚を考えてる人がいる。」という相談を何度か受けたことがあった。 私はそのたびに「私が判断してあげるから紹介しなさいよ」と話していた。 それがこんな形で紹介してもらえることになるなんて 今にも泣き出しそうなのを我慢して席に着いた…
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「……俺、こいつと結婚するんだ。それで……キミに伝えておきたくて」 希望観測は既に無い。 嗚咽を噛み殺し、どうにか言葉を紡ぐ。 「おめでとう、ございます……」 「こいつから聞いたんだけど、よく相談相手してくれたんだってな。ありがとう」 そう言って先輩は私の頭を撫でた。 もう、涙が零れそうだ。 「やめて……っ、下さい!忘れられなくっ、なっちゃいますから……!」 涙が頬を伝う。 さよなら、先輩……。
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あれから10年。 作業の手を止めて、懐かしい笑顔にしばし引き寄せられていた。 「お〜い。トラックの準備ができたぞ〜」 その声にハッと我に返る。 二階の窓から見下ろすとかわいい娘を抱いた夫が見上げていた。 「今、行くわよ〜」 手を振って窓を閉めた。 人生ってわからないものね。 荷物が片づけられた部屋に写真一枚残して私は降りて行った。 窓から西陽がさして写真をいつまでも照らしていた。
- 完 -