元に戻った親子

スニーカーの紐を結び直す。 重いバッグを肩にかけ直した。 夜風は冷たい。 ヘッドフォンを耳に当て、大好きな音楽を流す。 数歩進んだところで足を止め、振り返った。 「さようなら」 私は私の人生13年間を過ごした家を振り返った。 「ごめんね」 少女は今度こそ振り返らなかった。 その背後で、家は唐突に炎に包まれた。 そうして彼女は家を出た。 彼女はもう、振り返らなかった。

Iku

13年前

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昨夜、○○区の民家より爆発がありました。住人は昨年、ノーベル化学賞を授賞した篠崎教授の一家であるとのことです。火は依然として消し止められておらず、消火活動が続けられております。 朝から幾度となく流れるニュース。 なるほど。自分の家がこんな形でテレビに映るとはなんとも形容し難い。少女はワンセグを閉じ、立ち上がった。 「お父さんが悪いんだもん」 そう呟いて歩き出す。肩にかけたバッグが重くのしかかる。

aice

13年前

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誰かを焼き殺したかったわけじゃない。 その時家には、私の他に誰も居なかったから。 ただ、それが火を付けた理由でもあるんだけれども。 …私の父さん。 研究に明け暮れて家庭を顧みなかった父さん。 母さんは私の小さい頃に死んでいたから、父さんが唯一の肉親だったのに、ロクに話した記憶すら無い。 そういえば、家族で写ってるただ一つの写真があったのに、忘れてきちゃった。 あれも燃えちゃったのかな。

minami

13年前

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心残りになってしまうかと思ったが、意外と直ぐに気持ちを切り替えることができてしまった。 別に両親を愛していなかったから、というわけじゃない。ただ、彼らから受け取った愛の量が、人よりも少なかっただけだ。父さんが、母さんが居ない分の愛を与える役割をおざなりにし過ぎたのだ。 だから私は、こんな形で今までの日常を壊すのも、なんの躊躇いも無かったのだと思う。 かつて家出した時よりも、気持ちが軽かった。

harapeko64

13年前

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春特有の、妙にひんやりとした風がまとわりつく。 行く宛はない。13歳のお子様が自由に出歩けるのも時間の問題だろう。そういえば、捕まるときは容疑者だろうか、行方不明者だろうか。 アナウンスに続いて、電車がホームに入ってきた。音楽が聞こえなくなる。風が私を揺さぶる。髪がぶわと舞い上がる。周りには誰もいない。 これは私が一人で始めた賭けなのだと思う。 もしも。もしも父さんが迎えにきたら。

sir-spring

13年前

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そんな淡い期待。自分でもバカだと思った。散々放置されて父さんの顔を覚えていられるのはテレビやネットで父さんの画像を検索するからだとしても、私は父さんに期待している。そして父さんは私を見つけない。 電車の扉が開き私は電車に乗り込む。人のたくさんいる所に行こう。隠れんぼをするような気持ちだった。 お父さんには見つかっても、警察には見つかりたくない。私は罪を犯しているわけだし。

syouberuto

13年前

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人がたくさんいるとしたらやはり渋谷とか大通りなのだろうか。 いく宛も無しに乗ったのは事実。 どこに行くかよくよく考えると困り果てたものだ。 とはいったものの、家は行く必要はないし、 もう燃えたのだから形すらない。 ともかく、何処かに行かなければ。 野宿するのは避けたいのだが 焼く前に持って来たお金は約60000。 多いだろうが、使い道を慎重に考えなければ全てパーだ。 とりあえず、ホテルかな。

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電車に揺られてる中、私は色々な考えが輪廻する。父、この後の行き先、警察、愛。いくら考えても、中身は13歳である。 私は焦りからか、電車でじっとしていられなくなり、とある無人駅に降りた。考えとは矛盾した行動をとってしまった。人混みで交える街へ行きたかったのに… ふと駅の外に広がる景色をみる。 何故か懐かしさを感じ、少女の目から涙がこぼれ落ちる。 「美咲…」 その聞き覚えのある声に、震える。

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「お父さ」 突然お父さんに抱きしめられた。 「心配したんだぞ…家が何故か吹っ飛んでて、お前はどこにも居ないし…」 お父さんの声は震えてた。私も泣いていた。 「構ってやれなくてごめんな…寂しかっただろ…?」 「私の方こそごめんね…心配かけちゃった…」 あれから、私とお父さんは新しい家で生活を始めた。お父さんは相変わらず忙しかったけど、前より私と接してくれるようになった。 大好きだよ、お父さん。

Dr.K

13年前

- 完 -