『夜に口笛を吹くと蛇が出る』 などという迷信がある。 音楽を聴きながら課題を終わらせ振り向いた時、ソイツはつぶらな瞳でこちらを見ていた。 「呼んだ?」 「…………」 白蛇さんが、舌をチロチロしながら聞いてきた。 マジか……。 「吹いてたよね?」 「は、ハイ」 「「…………」」 蛇と目が合ったまま固まってしまう。 マジか……。
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「それで?」 「はい?」 沈黙を破ったのは白蛇さんの方だった。少し動かれるだけで体がビクッと震える。 「呼んだだろ?」 「あ、いえ…呼んだわけではなく…」 口籠る俺に蛇は冷たい目を向ける。いや実際はつぶらな瞳だけど、蛇に睨まれた蛙の気分…。 「またこれか」 はぁっと蛇が溜め息を吐いた。 「最近の奴はいつもそうだ。迷信だって信じようとしない。振り回されるこっちの身にもなって欲しいものだ」
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「んなの知らないっすよ」 ったく、何で蛇ごときに説教されなきゃなんねーんだよ。 「用が無いなら帰るぞ」 「とっとと帰って下さい」 白蛇さんは、不満そうな顔をしながら何処かへいってしまった。 俺はその夜、SNSで不満を漏らした。 《今日、口笛吹いたら白蛇が現れて、説教こかれた。頭に来たので追い返した》 すると、直ぐに友達からレスが来た。 《ええー?追い返したの⁉︎白蛇様は神様の遣いだよ!》
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後日は三日月だった。 前と同じ路を歩きつつ、わざとらしく口笛を吹いてやった。茂みは音を立て、細い物体が現れる。 「呼んだ?」 「呼んでないっす」 白蛇さんは怪訝そうに頭部だけを前後に動かすと無言で茂みに帰った。 やがて白蛇は二頭になって再び俺の前に。もう一頭はやや太い。 「ほら、コイツよ。例の」 「あんたが口笛が汚いって言ってた?」 えーとそちらは。 「嫁」 「妻です」 わあ。
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「家族がいるとは思わなかったって顔だな」 「夫は照れ屋だから。仲良くしてやって下さいね」 白蛇さんの顔がくしゃっとした笑みに変わった気がした。神とは言うけれど、どこか世間臭い。 「あなた本当に口笛が汚いのね」 「この口笛で呼ばれる俺の身にもなってくれよ」 呼んだ覚えはないけどな。 「私と特訓しましょう」 「そうしてもらえ」 白蛇に口笛を教わった、とSNSで報告したのはその日のうちだった。
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翌朝、あの友達からまたレスがきた。 《それ凄いレアだよ。感謝に何かお供えしなよ》 うーむ 確かに勝手に呼び出したのだからお供えすべきだろう... しかし... 蛇って何食べるんだ? 蛙を食べるとは良く聞くが蛙捕まえて食わせるっていうのも... 刺身とかが無難な気もするが蛇って魚食うのか?ご飯は食べないだろうし...果物? ネットで調べてみることにした。どうやら鳥を食うらしい。 焼き鳥にするか
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スーパーの駐車場に屋台を出していた移動販売の焼き鳥屋で、タレのモモを2串購入。塩の方が良かったか、とか思ったが、まあいいや。 白蛇さんポイントで口笛をちょろっと吹く。ミセス白蛇のおかげで少しはマシになった。 ふいにがさっと茂みが揺れて、また白蛇が顔を出した。 「呼んだ?」 呼んだかどうかは置いておく。俺はお供え物感皆無な焼き鳥を、屋台で貰ったペカペカする容器を開けて、白蛇さんに差し出した。
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「どうぞ。つまらぬものですg」 言い終わる前に白蛇さんがシャーッと飛びかかる。噛みつかれるかと思った……。 黙々と焼き鳥を食べ続ける白蛇さんを世にも奇妙な物語に投稿したいなとぼんやり眺めていると、 「満足!」 タレを口角に残し、満腹の笑みを浮かべる白蛇さん。蛇だから足は無いけれどな、と蛇足な蛇ジョークを交わす。 「まだ一本も食べてないよ?」 「身籠りの嫁さんに食わす」 もう一本串を購入した。
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それからしばらくして俺は別の街に引っ越した。準備が忙しくて白蛇さんに別れを言うこともなく引っ越したことは気がかりだが、俺は子々孫々こう言い伝えようと思う。 「夜中に口笛を吹いて蛇がでたときは焼き鳥をあげるんだよ。」と。 ある夜、SNSでこんな呟きを見つけた。 「夜中に口笛吹いたら白蛇の親子が出てきた…」 懐かしくなって俺は久々に口笛を吹いた。 すると後ろで物音がした。 「呼んだ?」
- 完 -