まったく腹立たしいことに、教授は私を大学に呼びつけた。深夜一時のことである。 校門前、教授は私を見つけると次のように言った。 「幽霊捕まえるぞ」 「立春後、とはいえ朝晩は今だ余寒の残る今日この頃。寒々しい都会の空の下、男女二人で、夜な夜な大学を彷徨わなければならないのですか!」 「君はもう少しフレキシブルになりたまえ」 「教授はフレキシブル過ぎです。脳の海馬融解してます!」
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「大丈夫だ。キミには全く興味がない」 「あ、あのですねぇ…そういう事言ってるんじゃなくて!」 「ともかく行こう。幽霊が逃げてしまうぞ」 という訳で、結局私は幽霊捕獲作戦に強制参加させられたのであった…。 「…で、教授。どうやって幽霊を捕獲するんですか?」 「いい質問だ。捕獲には私が開発したこの装置を使う」 「え、これって…」 教授が出したのは、何処からどう見ても普通の虫採り網だった。
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「どうだ、私式幽霊捕獲機だ」 「私式って…普通自分の苗字冠しますけど。ってかそれ虫採り網ですよね。」 「私の苗字は高橋だが、高橋式というのはいろんな人が名乗れるじゃないか。それは面白くない。それからこれは虫採り網ではなく幽霊捕獲機だ」 「……………で、どこで捕まえるんですか、その幽霊?」 「知らん」 「…………………は?」 「さっきは3階の廊下にいたから、そこに行けば何か分かるだろう」
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すたすた階段へと歩き出したその後を、仕方なく追った。ここに一人取り残されるのは流石に嫌だ。 教授の持つ虫採り──ではなくて幽霊捕獲機の網が目の前で揺れる。ごく普通の網にしか見えないが、一体どういうものなのだろう。お札でも編み込んであるのか? 「この建物は、以前自殺者が出ているのだ」 教授が唐突に言い出す。何だか急に寒気がしてきた。 「あの、寒くないですか?」 「風邪だな。大事にしたまえ」
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「それな!って、ちょ」 「キミ、この部屋怪しいよ。鍵が掛かってる。何かある!」 ガジャ、ガジャ、...ガジャ 「あの〜教授?押すんじゃなくて引く...」 「わかっ..」 カチャ。ギ── 「わ──」 教授は叫びながら必死に幽霊捕獲機を振り回している。 「何!何!」 「何か飛んで来た!」 「!...蛾ですよ、蛾!」 まったく! ...くる..し..い... えっ! なぁ〜に⁈
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どこからともなく呻き声が聞こえてきた。 ついに幽霊が見つかったのか。 これで教授から解放される! 私は部屋の明かりをつけた。 そこには幽霊捕獲機に捕まった学生がいた。 どうやら幽霊ではなさそうだ。 「幽霊かと思ったら、幽霊部員ではないか。紛らわしい」 「こんな時間に何をされてたんです?」 「卒論が終わらなくて、ここで住み込みで仕上げていたんです。お腹がへってもうダメです」
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「くだらん、時間を無駄にしたな」 「それはこの部屋に入った事に対しての感想ですよね?彼の卒論への努力に対してのお言葉ではありませんよね?」 思わず確認してしまう。 万が一後者なら教授は鬼畜の誹りを免れまい。 「テーマはこれなんですが……」 居残り学生は疲れた様子で机上の紙束をかき集めた。 差し出された原稿のタイトルにはこう書かれていた。 『霊的存在による自己実在証明の可能性について』
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「ほう。なかなかおもしろそうだ」 「ど、どうでしょう」 何分かたった後、教授が言った。 「ふーむ。なかなか理にかなっていて面白かったよ。それから、ここはどうしてこうなるんだ?それさえ説明できればあとは、このところとここの…」 ここの部屋は結構汚い。ところどころクモの巣が張ってあるし、ホコリだらけ。暗かったら物凄く不気味だろう。 なんで居残り学生はこんなとこでやってたんだろ。私には無理だよ。
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「で、できた!教授ありがとうごさいました!これで安心してあの世へ行けます。」 えっ!?思わず耳を疑う私 消えかけ始めた居残り学生を見て教授は言う 「やはりそうか、君は幽霊であったか…長年霊の研究を続けてきて、一度でもいい、幽霊に会いたいとずっと願っていた」 「これで私も安心してあの世へ行ける」 え…えっと…ええっ⁈ 幽霊は身近にいる。フレキシブルに生きよ! 論文はそう括られていた
- 完 -