「まだおわんないかなぁ…。」 受付嬢がこんなんじゃ、会社自体がだらしなく見えるんだろうな。 なんて事を思いながら、頬杖をついたまま姿勢を正す気配もない。 今年23になる幸子は大学をでて大手食品メーカー会社の受付嬢として務めている。 最初は若さを発揮し、楽しくバリバリ働いていた幸子だが、ある事をキッカケに全く仕事に手がつかなくなった。 それは…
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宝くじが当たったことだ。節約すれば一生働かなくてもいいくらいのお金を幸子は手に入れた。 これまでは仕事にやりがいをもってやってきたが、いつでも辞められるとなると、モチベーションは下がりっぱなしだ。 とはいえ突然の退職は避けるべきだ。幸子は宝くじのことを誰にも言うつもりはなかった。親にさえばれてはいけない、何度もそう自分に言い聞かせていた。
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やっと6時。 「お疲れさまでした」 同僚への挨拶も早々に更衣室へ駆け込む。着替えを済ませた幸子は、周りに誰もいないことを確認すると、携帯電話を取りだして画面を眺めた。 そこに米粒のように並ぶゼロを右から目を追い数えると、一日の疲れが抜けてゆく。映っているのは預金通帳の写真だった。本物の通帳は銀行の貸金庫に預けてある。 幸子が満足して、パタンと画面を閉じバッグにしまおうとしたその時。着信音が鳴った─
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見慣れない着信番号に不安になりながらも、幸子は携帯に出た。 聞き覚えのない男の声だった。 「俺にお金、わけてくれないか?」 幸子は慌てて電話を切った。 何だ⁇ また携帯が鳴る。 さっきとは違う着信番号に、ちょっと安堵して、携帯に出た。 今度は女の声だった。 「明日までに100万円ないと、家族がバラバラになってしまうんです。お願いします、お金貸してくだ…」 すぐさま携帯を切った。 なぜ⁇
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答えを見出せないまま、幸子は帰路に着いた。 悶々と頭に疑問が残る。どうして……? すると前から男が歩いてきて、唐突に幸子に話しかけてきた。 「なァ、アンタ……お願いだ……金を、金を分けてくれよ……」 背筋に冷たい汗が流れる。気づいたらもう走っていた。 「はあっ……はあっ……」 何でなんで何でなんで何で……! 私はこれから幸せになるはずだったのに! この大金で……! なのに……どうして……!?
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幸子はふと、最近感じたある違和感を思い出した。 そういえば、あの更衣室…今日はやけに人が少なかった気がする。普段私が着替えに入る頃には社員で溢れかえっていて、無人になるのは大概私が着替え終わってからのはず。しかし今日に限っては私が更衣室に入ったときにはもう既に誰もいなかった。 それに。 なんとなくだが、ずっと視線を感じていたような気がする。まさかロッカーの中に誰か隠れてたんじゃ…‼
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幸子は不安と恐怖に駆られ、逃げるように家路についた。 次々に起こる不可解な出来事に、ノイローゼになってしまいそうだ。 気晴らしにテレビを付けた。そういえばテレビを見るのは久しぶりだ。 心臓が凍りつく。テレビには、幸子が写っていた。 満面の笑みを浮かべ、インタビューに答えている。 「お金の使い道はまだ考えていません。寄付するのもありかな」 テロップには、宝くじの当選金額と幸子の名前が表示されていた。
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クラクラした。どうして何故、そうした言葉しか出てこなかった。 暫く呆然としていたけれど、ふと思いたって部屋の中を見回してみる。 もし本当にロッカーのところに誰かいたのだとしたら、何かを企んでいるのだとしたら そう思うと家でも安心なんて出来ない。 とにかく調べまわる。 クローゼットの中 キッチン 靴箱の中まで。 そして机の中を開いて、背筋が凍りついた。 見慣れないメモが一枚 そこにあった
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幸子、あの宝くじは私が管理してあげる。 最近変に幸子がそわそわしてたからこっそり鞄にスパイカメラ仕込んでおいたの。案の定、証拠が見つかったわ。私はあなたの姉なんだから私が管理しなくちゃ駄目。 と書かれていた。 まさか?そんな! 私が姉のように慕っていた同僚の田中福子。彼女は私が宝くじを当選した日の翌日から行方不明になっている。 宝くじは私から幸福を奪っていった。 電話は鳴り止まない。
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