青色は少しさみしい

窓の外、 何かが落ちてった。

aegis

13年前

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一瞬、ゾッとするような、嫌な想像が過ったが、確認しないことには気持ちが悪いままなので、ベランダに出てみる。 不思議と恐る恐る、なんてことは無く、ただただ無表情に。内心はこんなにも気味悪いのに。 何かが落ちて行った辺りを覗き込んでみる。 大きな、黒いゴミ袋だ。 久々に見る。 この辺りは分別が厳しくなり、不透明なゴミ袋は禁止になっているのだ。 さて中身は何か。 このままではやはり気持ち悪い。

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俺はビニール袋のある場所に降りて行った。 おそるおそるビニール袋を開ける。 そしてはげしく後悔した。 俺はこの手のホラーが苦手なのだ。 そこにあったのは、いわゆる骨董人形。 青い目には何もうつって居ない様に見えた。 そして添えられた小さなレターカード。 俺は怖いもの見たさに手を延ばした。

snow

13年前

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"愛 シて くダさい" 子供が書いたかのように歪んだその文字を見て俺はゾクリと背筋を震わせた。余りにも悪趣味過ぎる悪戯だ。上階の奴に文句を言ってやろうと袋ごと人形を掴んだところでふと気付く。俺が住むアパートは三階建てで、俺が住むのは二階の角部屋。一つ上の階は確か空き部屋だったはずだ。 (じゃあこいつは何処から落ちてきたんだ…?) 袋の中でカチャリ、と何かが動いたような気がした。

crow

13年前

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『ご主人サマ認定、完了しまシた』 安っぽい音声ガイドのような、極めて機械的な声が響いた。 『お名前ヲ、どウぞ』 ガラス玉のような青い目には気付けば、豆鉄砲でも喰らった鳩のようなツラの俺が映っている。人形の肌は透き通りそうな程に白く、温かみはまるで無かった。そよ風に柔らかく揺れる絹糸のような細い毛髪は幻想的でさえあり、確かに時が止まったような感覚を覚えた。 『お名前ヲ、どウぞ』

nonama

13年前

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「F、だが」 とっさのことに偽名を使った。 次の瞬間、人形の目からレーザー光線が飛び出し、俺の全身を包み込んだ。 「Fサマですね。生体認証の登録ヲ完了シました。私はFサマの忠実ナ僕でござイます。なんなりと申しつけヲいたシて下さい。まずハ最初に愛シてくダさい。愛によって私の生命エネルギーハ補給されルのデす」 俺は試しに人形を抱き寄せてみた。 「パルスを確認シました。エネルギー補給完了デございます」

aoto

13年前

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なんなりと申しつけヲ、と言われても、この小さな人形に何ができるのだろうか。 「…お腹すいたんだけど」 『……』 試しに適当に言ってみたが、青い目はキラリと光るだけだった。 新手のおもちゃを誰かが屋上から投げ捨てたのだろう。そう結論づけ、俺は人形を袋に戻し、自転車置場の隅に置いた。 昨日彼女が出て行ったばかりの一人の部屋に戻りながら、俺は独りごちた。 「あーあ、誰か俺を愛してくれないかなあ」

13年前

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「Fサマ?」 玄関先でそう呟いた瞬間、後ろから聞こえてきた機械的な声。聞き覚えのあるこの声は、確かにさっきの人形のものだ。俺はおそるおそる振り返った。 小さな人形が小首をかしげながら立っていた。どうやってここまで来たんだ…? 「御主人様ハ、愛しテほしイのでスか?では、私ガ愛シます」 小さな人形が近付いてくる。 「ちょ、ちょっと待って。俺は君の御主人様でも何でもないよ。一体君は何なんだ…?」

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「愛ヲ求めル人形、下僕、ごみでごザいマス」 ゴミ袋はまだ下にあるのだろうか。そんなことが、ふと気になった。 「愛ヲ」 「ごめん」 俺は、ぎいぎいと音を立てて歩く人形の台詞を遮り、昨日と同じ台詞を繰り返した。 「俺には何かを愛することは、できないよ」 青い空からあたたかな春風が舞い込み、首を傾げる人形の絹糸のような髪と青い瞳が、揺れた。 そレも、愛? そして部屋には、俺一人だけが残された。

sir-spring

13年前

- 完 -