子グマは暇をもてあましていた。 両親は獲物を探しに巣穴を出て行ってしまった。いつもなら一緒に行くのだが、今日はなんとなくその気になれず、留守番を申し出た。 「川にでも落ちたら危ないから、勝手に出歩くんじゃないよ」 母親はそう言うと、先に出た父親を追った。兄弟達もじゃれ合いながら後に続く。 ひとりで巣穴に残るのは初めてだった。こうして見ると意外と広いものだと思った。
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外はのどかな陽気で、眠気を誘った。特にすることもないので、昼寝でもしようかと、巣穴のど真ん中に横になった。 どれくらい経っただろうか。子グマはわずかな物音で目を覚ました。
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「おかえり~」 両親が帰ってきたのだと思い、寝ぼけながらそう言った。 返事がない。不思議に思った子グマは巣穴の入り口まで行ってみた。 「出てきたぞ。やっぱり子どもだけだ」「早くしろ!親が帰ってきたら厄介だぞ」「気をつけろ!絶対に怪我させるなよ。値打ちが下がるぞ」 「パンパン」 子グマはは乾いた破裂音を聞いた気がした。
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「さあて、お次はルーキー、熊のプープ!」 カラフルなボールに乗って器用に進む子グマを見ると、観客席からは歓声が上がった。 「不慮の事故で家族を失ったプープを、我々はほってはおけませんでした。当サーカスはみなしごプープを、家族として受け入れたのです!」 子グマは懸命にボールを操る。観客など見えていない。失敗すればまた叩かれるのだ。 「さあ今度はそのプープがボールの上で宙返り!とくとご覧あれ!」
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くるんっとプープは器用に宙返りをして見せた。観客からの歓声がひときわ大きくなった。 しかし、芸が終わるとプープは、いつものように足に鎖を付けられ、檻に閉じ込められてしまうのだ。 そんなプープには、毎日楽しみにしている時間がある。それは団長から命じられたサーカス内にいる他の動物の見回りだ。 その時間だけは鎖が外され、自由に歩く事が許されていた。そして、見回りの時プープがいつも最後に回る動物がいた。
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このサーカスにいる動物の中でも一番の古株である、ライオンのガオラだ。 立派なたてがみを翻し、堂々と吼えるその姿。めらめら燃える火の輪くぐりもお手の物。乱暴者で知られる黒豹のリーでさえ、ガオラには逆らえない。 そんなガオラは自分の芸が終わると、いつも寝てばかりいて、プープのような小熊には目もくれなかった。 けれどプープは、今日こそガオラに話しかけてみようと思っていた。
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ガオラの檻に近づく者は少ない。 空気までもが獣の王に気を使っている様で、辺りはひんやりと静まり返っていた。 「よぅ!のろまのプープ、今日は一段とマヌケ面だな!」 急に話しかけられたプープはびっくりして振り返った。猿のキーゼルだ。 「そりゃいい!それでガブっといかれるんだ俺みたいにな」 プープがこれからしようとしている事を聞いたキーゼルは笑いながらそう言って、やけに短いシッポをくねくねして見せた。
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プープはあからさまに怖気付いた。キーゼルのけたたましい笑い声が響き渡る。 「噛まれた訳を忘れたか、猿!」 背後の咆哮に、キーゼルがキャッと甲高い悲鳴を上げて引っ込んだ。 「私がお前に噛み付いたのは、今みたいに騒々しかったからだ。私が誰彼構わず牙を剥くような愚か者だとでも思うのか。」 ガオラはそこまで吼えると、小熊の方を見据えた。 「…熊ならもっと勇敢になれ。 ──子供ならまだチャンスはある。」
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プープは首を捻った。 「チャンス?」 ガオラは大きく頷いてこう言った。 「そうだ。どんな逆風にも耐え、どんな困難にも打ち勝てる立派な熊になるチャンスをお前は持っている。そしてお前ならーー」 運命さえも変えられるだろう。 このとき、プープは引き離された家族のことを考えていた。もしも運命を変えられるならーー プープは力強く頷いて、走り出した。 小熊のプープの物語は、まだ始まったばかりである。
- 完 -