もう、10年になる 両親が死んで今日で10年、僕の16回目の誕生日 10年前のあの日、仕事で多忙の両親に誕生日は帰れないと言われ大泣きしながらわがままを言ってしまったのをいまでも覚えてる。 ー仕事と僕の誕生日、どっちが大事なの?! 叫ぶように言って電話を切ったあと、警察が家にくるまで泣いていた。 両親が死んだのは視界が悪い緩いカーブの上り坂 いま僕がいる場所
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左にはコンクリートで舗装された壁に、右には木々に遮られてロクに景色も見えやしない。 母さんが好きだった青空は、狭く切り取られてしまっていた。 もう殆ど枯れかけの花が、道路の隅にに置かれている。僕はそこに小さなブーケを加えた。 花の色は、父さんが好きだったオレンジ。ちょうど盛りみたいで、綺麗にその姿を輝かせている。僕はそっと手を合わせた。 「父さん、母さん。僕もこの春から高校生になりました」
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この坂を登っていくと、僕の昔の家がある。母さんと父さんがいて、三人で幸せに幸せに暮らしていた頃の家。 ここからも見える。僕たちの昔の家。 母さんと父さんはあの時、仕事を出来るだけ早く終わらせて、ケーキを買って急いで帰ってきてくれていたようだった。カーブをまがってきたトラックにはねられてしまった、母さんと父さん。 「母さんと父さんはこの約束覚えていますか?僕が高校生になったら、ー
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もうこの約束は3人で叶えることはできないのだけれど。 自嘲しながら僕は なつかしい家へと歩みを進める。 もう、何年も来ていなかった。 小さくて古い家で。 手入れはされていなかったけれど、あの頃の、父さんと母さんの匂いが残っているような気がしたんだ。 なつかしいと感慨にふけっているともう夕焼けがみえる。 「父さん、母さん。僕はもうここには来ないよ。約束を果たすために。だからー…
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「さよなら」 昔は必死に、すべてを取り戻そうとした。 自分が全ての元凶だと、その負い目が背中を強く押した。だが、それは現実逃避でしかない。それに気がつくまで、今まで掛かった。 清い気分、もやが晴れたような。 ようやく、花束を持ってこの地にきた時、見えない筈の両親が嬉しそうにしているようにも感じた。 自分の決断を肯定してくれている、そう、思えた。 改めて、掌の、鈍い光を放つZIPPOを握った。
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高校生になったら、一人暮らしを始める。 「可愛い子には旅をさせよ、と言うのよ」笑いながら母さん。 「そうだ。男は早いこと独り立ちせにゃいかん。いっそ海外に留学したらどうだ」と父さん。えー、やだよー。そうよね、留学はしなくてもね。 10年前から一人ぼっちだった。小学校を卒業した頃から一人ぼっちと独り立ちの違いが理解出来るようになった。 「約束、守るから」 俺は思い出深いこの家に、火を付けた。
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燃え盛る炎を前にして涙が一筋零れ落ちた。 やっとーー あぁ、僕は此処までくるのに10年もかかってしまったのか。そうだ、10年分の辛かった思いも一緒に燃やしてしまおうー 幸い近隣には他に家も無く、僕は自分の家が燃え尽きるのをこの目で見届けた。 そして、僕は真新しいアパートの鍵を手に歩き出した。 心が軽い。 それは身体にも通じているようで、いつに無く軽快なステップで坂を下っていった。
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思い出を断ち切った僕は、新しい風に心を躍らせながら、アパートの鍵を開けた。 今までは母方の伯母さんの家でお世話になっていたけれど、今日からは一人で暮らしていくんだ。 両親の願いでもあったおかげか、伯母さんも許してくれた。大して不安もなかった。 カチャリ、と鍵が回る。 両親が買ってくれたクマのキーホルダーが、僕の手の中で揺れた。
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新居のドアを開けた。 それは新しい人生のドアも一緒に開けたかのように清々しかった。 『おかえり』 部屋の奥から両親の声が聞こえた… ここでもずっと見守ってくれているんだ。 そう思って安心することができた。 「父さん、母さん頑張るから見守ってくれ。」 『ずっとそばにいるよ…』 僕は気付くことができなかった… その声は形見として持っている、両親の残したクマのストラップが発していることを…
- 完 -