いいぞぉ、サザエさんの世界は!辛いことなんてなんにもないからな!人も死なないし怪我や病気だって骨折か盲腸が関の山だ。君みたいにガラスの仮面みたいなシリアスな世界で生きるのは大変だろう?大事件ばかりじゃないか。そりゃあ華やかだろうがね、穏やかに長生きしたいならサザエさんの世界ほどいいところはないと思うけどなぁ。
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カツオはリレー小説アプリを開き、文字を綴った… この異変に気付いているのは僕だけなんだ。 この世界はおかしい… 誰か異変に気がついている人はいないのか カツオは来る日も来る日も、次のページが更新されるのを待った…
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だが三ヶ月経っても続きは書かれなかった。 「どうしたんだいぃ?カツオく〜ん。キミらしくないぞぉ。困った事があるなら話してくれたまえ」 マスオは駅前の喫茶店でフルーツパフェをご馳走しながらカツオに尋ねた。 カツオは全てを打ち明けた。 マスオは蒼ざめた。 「ええーーっ!それは大変だぞキミ!大きな声では言えないけど、我々のこの世界にデジタル機器はタブーだよ。スペシャルな時だけ唯一ケータイが許される」
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「どうしてなのさ!? 本当の僕はiPod touchをもっているんだよ。マスオ兄さんだって、姉さんに内緒でiPhoneをもっているじゃないか。僕はすでに調査済みだよ」 「えぇーーっ! 参ったね。さすがカツオ君だな。仕方ない。僕も男だ。そこまで知っているなら君に全てを教えようじゃないか」 マスオさんはカツオ君にこの世の理を打ち明けた。 「ここはね、時間を切り取られた、永遠の世界なんだよ」
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「永遠の世界?」 カツオはフルーツパフェを一口すくいながらきく 「そう。僕らの世界は長谷川町子先生に作られているだろう。でもサザエさんが漫画としてデビューしたのは1946年なんだ。カツオ君も知っているだろう?」 「知っているよ、マスオ兄さん。」 マスオは続けて言う 「だから当時の生活が続いているのさ。 時代が変わっても、僕らは視聴者に1946年当初の生活をしている所を見せなければならない」
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「マンネリしきっている話を、一体誰が望むって言うんだ」 怒気を孕む声でカツオは叫んだ。 「彼らだよ」 低い声でマスオは答える。 「もしサザエさんが最終回を迎えたらどうなると思う?」 「サザエさん症候群、なんて言葉は無くなるんじゃないかな」 自嘲気味にカツオは言う。 「そうだね」 マスオは薄く笑う。 「でもね、事実は逆なんだよ」 「サザエさんが放送しているから、彼らは明日が月曜だと認識できるのさ」
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「で、でも。スペシャルな放送の時は、結構近代的な生活をしてたような気もするけど?」 カツオが言う。「そうだけどね、でも」と、一旦マスオが言葉を切り、 「ちゃぶ台返しという伝統も日本には残ってるんだよ」 と苦笑しながら言ったが、カツオは膨れた顔のままだった。 「ワカメはちゃぶ台返しって、した事ある?」 と通りがかった妹に聞くと、 「そんな事したら洋服が濡れちゃうわ、お兄ちゃん」 と答えが返ってきた。
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「はー」 ワカメに相談するのは、無駄な気がする。 僕は知っている。 ワカメだって、隠れてDSを使っている。 しかも3DSだ。 僕は、このずっと時の止まった世界、永遠に同じ宿題をだされ、同じ勉強をする、こんな世界を心底くだらないと思う。 やっぱり気づいてしまうとこの世界にさめてしまう。飽きてしまう。 一生小学校を卒業できず、がおりちゃんと一生できない結婚を夢見る生活は嫌だ。 僕は、行動に出た。
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僕の目の前に中島が倒れている。 僕の手には赤いバットがある。 誰でもよかった。永遠に変化の訪れないこの世界を終わらせるには、無理やりにでも何かを変える必要があった。いつまでも小学生の僕にはそれは誰かが死ぬことぐらいしか思いつかなかった。だから殺した。 最初は僕自身の死でこの世界を終わらせようと思ってた。誰でもいいから、自分でもよかった。 だけど、なあ中島。なんで野球に誘ってきたんだよ。
- 完 -