私は、空が嫌い

空。 何気なく空を見た。 昨日まで、何ともなかった空が 今日は妙に気になった。 その時だ‥ 耳元で何か囁かれた。 私はとっさに振り向く‥

×戒×

13年前

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「そんなに空が好きかい?」 メガネをかけた大人の男が目の前にいた。 「っ……!」 気配に気づかなかった。 男はゆっくり私に近づきこう言った。 「空はいつも同じじゃないからね。その時々で姿を変える。僕みたいにね」 くすっと笑うその笑顔は子どもみたいだった。 「私は、空が嫌い」 別に見たいと思って見ていたわけではない。 「いつか好きになるさ」 そう言って男は私の頭を撫で、その場から立ち去った。

らんき

13年前

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あの日から、私は暇さえあれば空ばかり見上げている。 窓際の昼行燈なんていう面白くない仇名が友人間で広まり出した頃だ。 「ねぇ今年の教育実習生、東大生らしいよ」 友達の佳苗が何の価値もない情報を得意気に教えてくれた。 空を見るのに夢中だった私は適当に相槌をうった。 今日は空がソワソワしているみたい。期待に燃えてるようにも見える。 だが私の集中を乱す大声が教室に響いた、 「ども。星 空太郎です」

B.I.L

13年前

- 3 -

熱苦しい。 熱血教師ってやつ。 初めてのHRも順調に終わり 休み時間にさしかかった。 「東大生って、もっと知的なイメージだったな」 空を見ながらつぶやいた。 「ふふ。」 やばい …聞かれた? 「今日も空見てるんだな。」 どうしてだろう。 この男があの時会った男と重なって見えた。 よく見れば似ている。 風貌こそ違えど、あの時の男だ。 「思い出した?」 そいつは意地悪な笑みを浮かべた。

もややも

12年前

- 4 -

放課後、私は屋上にあがった。ここにいれば来ると思ったのだ。 フェンスに寄りかかって、空を眺めて待つ。 10分と経たず、あの男はやってきた。 「まだ、空は嫌いかい?」 背中から声をかけられて振り向くと、男が微笑んで私を見ていた。男を包む空気はとても優しげなのに、目だけ意地の悪い笑みを浮かべている。教室での熱血漢な姿とは別人のようだった。 男の問いは無視して、私は疑問をぶつけた。

ミズイロ

11年前

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「私に会いに来てくれたの?」 ゆっくりと髪をかきあげる。天井のない屋上で髪が好き勝手に暴れるのをおさえ、顎を引いて上目遣いに見やる。 男はちらりと一瞥をよこして、空を仰いだ。せっかく精一杯の色気を出してみたのに、つまらない反応。 「そう。そうかもしれない。空はみんなのためにある。君のためにも、ある」 「形を変えて?」 「形を変えて」 今日も綺麗な青空が、昨日と違う形で私達の頭上を覆っている。

sir-spring

11年前

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眩しそうに空を仰ぐ男の姿はまた違って見えて、掴み所のない雲を思わせた。 「あんた何者なの?」 「僕は、星空太郎」 「ウソよ」 そんな冗談みたいな名前が本名であるはずがない。 「名前に何の意味があるんだい。あらゆる物は時と共に形を変える。君が今、その目で見ているものだけが真実さ」 「私が今見ているあんたが、真実とは思えないけど」 「今この瞬間は真実だよ」 そう言って男は悪戯っぽい笑みを零した。

hayayacco

11年前

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「真実なんて、人によって変わるものさ。晴れて喜ぶ人もいれば悲しむ人もいる。雨を拒否する人もいれば歓迎する人もいる」 「何が言いたいの」 「何って、つまり───」 いつの間にか男は私の近くに居た。 端整な顔立ちは、昔見たあの男? それとも変わった熱血教師? クッと男の喉が鳴る。 「君に好きになってもらいたかったんだよ。僕を」 そうして彼は口づけ、消えた。

いのり

10年前

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私はまた、空を見上げた。 明日も、明後日も、空を眺め続けた。 空はもう二度と、あの男を見せることはない。 いや、あの男の姿になることはないと言う方が正しいのだろう。 空は私をからかうように時々晴れて、今日は雨を降らせていた。 「あんたこんなところにいたの!濡れるよ!」 屋上の入口で佳苗の声がする。私は、聞こえない振りをした。 そして空に好きだと言いたくて、消え入りそうな手を翳す。

吐露

10年前

- 完 -