君がやってきた日の事はよく覚えている。冬の朝、元気な姿で私たちの子どもとして迎えられた。 布悠……ふゆ、と名付けた彼女は、私たち夫婦の宝になった。不妊治療を諦め、里親制度をつかい、ふゆに会えた。 これから、すこしずつ親子になっていくの。 ふゆ、真実を知っても変わらないでいて欲しいから私たちは、特に厳しくもなくできるだけふゆの個性を大事にしていくの。 いい子にならなくていいの。元気なら。
- 1 -
そう思っていたのだけれど、いざこの時になったら後悔はしたわ。それは昨日の出来事。 ふゆは健康そのもので育ってくれて、今はもう高校二年生になった。 毎日楽しそうに通っているものだから、こんなことになっているなんて知りもしなかった。 昼間、ふゆの担任の先生である野崎さんから電話がかかってきたの。 「ふゆさんがクラスメイトをいじめているらしいんです」 そんなのはありえない。そう信じたかった。
- 2 -
私は、野崎さんに呼び出された。 野崎さんは、実は私の大学の時の後輩だ。だから、ふゆの担任になったと聞いた時はとても嬉しかった。 高校の職員室の隣の面談用の部屋で、私は野崎さんと向かい合う。 ふゆは教室で待たせてある。あとからここへ呼ぶという。 「ふゆさんは、明るくてしっかりした生徒さんですが……、クラスの全員がふゆさんのいじめを証言しているんです」 全員が? 私はむしろ違和感を覚えた。
- 3 -
クラス全員をどうやったらいじめられるの? 何十人もの人を相手にするなんてそんなこと可能なの? いいえ。できるわけがないわ。逆にふゆがいじめていられるのだと考えたほうが納得がいく。 皆で口裏を合わせればどうってことはない。 そうよ。ふゆがいじめるはずがない。そんなことできる子じゃない。 そんなこと、される子でもない。詳しい話を聞かなければ。 「いじめてるって…具体的にはどういったことを?」
- 4 -
「ネットいじめ...と、言いますか、あるサイトにクラス全員を写真つきで載せたみたいで...不特定多数が見ますから、そこから、まぁ、誹謗、中傷等が書き込まれましてね...」 「クラス全員っていったら...」 「でも、ふゆさんだけ載ってませんでしたから...みんな、やったのはふゆさんだと」 「そんな!ふゆがやったって、証拠もないのに? ふゆは何て言ってるんですか!」 「知らない」と...
- 5 -
強い憤りを覚えた私は強い語気で野崎さんに尋ねた。 「そのサイト、教えください」 自分の目で確認しなければ気が済まない。そんな曖昧な理由で子供を疑われれば、どんな親もそう思うはずだ。 「残念ですがそのサイトはもう閉鎖されてるんです」 野崎さんは渋い顔で続ける。 「それも、ふゆさんが疑われはじめてすぐのことなんです。それが後押しになってまして」
- 6 -
そこでトントン、とノックの音が響いた。顔を覗かせたのは、教室に待たせていたはずのふゆだった。 「……あんまり遅いんで、来ちゃいました。教室は居心地悪くて」 そう言われると、もう追い返せない。 私の隣に座ったふゆは、まず真っ直ぐに私を見た。 「お母さんは信じてくれるよね?」 ここで私は、すぐに頷いてあげられなかった。するとふゆは、 「やっぱりだめか。本当の娘じゃないもんね?」 どうして、それを。
- 7 -
「あたし知ってたよ、ずっと前から」 ふゆは冷たい笑みを浮かべていた。 私は呆然とした。大切に育ててきたはずの娘が、まるで別人に見える。この子は私たちのふゆじゃない。 そんな私の心を見透かすようにふゆは続ける。 「そうだよ。あたしがやったの。知らないふりで元気に笑っているのに疲れたの。あたし、本当の親に捨てられたんでしょ。だから家へ来た。そんな人間のこと、本当に好き? 何であたしを引き取ったの?」
- 8 -
「ふゆのことは大好きよ。あなたのことが可愛いと思ったわ。勿論、私はふゆを信じている。真実を打ち明けるのが遅れてしまったのは、本当にごめんなさい」 頭を下げて、私はふゆに謝った。 「そこまでしなくていいのに」 ふゆは決まりが悪そうに私の手をとってくれた。 「誰だって親には反抗するものよ。ぶつかってきてくれて私は嬉しかった。本題に入りましょう」 真実がどちらであっても、ふゆは大丈夫だ。私は確信した。
- 完 -