信じられない奇跡

「ガンだって。」 俺は耳を疑った。 「…ガン?ガンって…あの、病気の…?」 「うん。」 目の前に居る16歳の女の子には過酷すぎる病名。 …その女の子が彼女だから尚更だった。 「う、そだろ…」 「いくら私でもこんな時まで嘘つかない!」 普段から冗談をよく言う子だったから今回も冗談だと思いたかった。 その希望は跡形もなく打ち砕かれ、目の前に散らばった。 俺は彼女に何を与えてやれるだろうか。

13年前

- 1 -

ここでいきなり余命なんてワードを出したら空気が重くてしかたなくなるだろう。 とりあえず俺は、彼女がやりたいことを聞くことにした。 「ワンピースが欲しい!あと、遊園地に行きたい。海にも行きたい。水族館、花鳥園もいいなぁ」 その時の彼女はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべていた。

se-shiro

13年前

- 2 -

彼女が行きたいと言った場所にはすべて行くことにした。 余命というのが、気分を急かさせてくる。 後悔しないように、予定を組み込むと、かなりハードなスケジュールになった。 四六時中一緒にいる計算になるねぇ。 甘えた声をだす彼女は心底嬉しそうだった。 初めはあそこにいこう。彼女はその行きたい場所を地図に指差した。

aoto

13年前

- 3 -

その場所は廃墟だった。 「ここで一緒に死んでくれる?」 俺を目を丸くした。さすがに冗談か。 ふざけていると思った俺は適当に流して自動販売機の方へ手を引く。 しかし、彼女は動かなかった。 「死んでくれる?」 「お前、本気で言ってるのか?」 言ってはいけない冗談だと感じた俺は多少苛立ちを見せる。 しかし、彼女は表情一つ崩さない。 「本気だよ。一緒に死にたい」

ocelot

13年前

- 4 -

「…俺は無理!」 チョット間を置いて… 「そうだよねー、無理だよねー」 悲しさと笑顔が混ざった 複雑な表情をした彼女が言った。 「そうじゃないんだ…お前と楽しい時間を創るのは出来るけどお前と俺の時間を止める事は今はしたくない‼」 「!」「…………」彼女は無言だった。 というか、二人とも何も話せなくなった… 俺の胸中と頭は色々な事で交通渋滞になっていた。 しばらくして、彼女が…

ありおん

13年前

- 5 -

「じゃここで肝試ししよ。うん、それ楽しそう」真顔で彼女は言った。 「俺、無理かも…廃墟の学校」 「お願いっ‼」 彼女の真剣な眼差しに、これからガンと闘う覚悟が見えたような気がした。 「わかった。俺も行くよ」 手を繋ぎ暗闇の中を進んでいく。 「ねえ、ここ何の部屋だろう」 机と椅子、本棚の列。 「図書室ね」 机の上に本が一冊置いてあった。 まるで俺たちを待っていたかのようだ。 俺達はその本を…

BLANC

13年前

- 6 -

手に取った。 『イルカの宇宙旅行』 俺はこの手の本は好きじゃない。非現実的すぎる。子供騙しの本だからだ。 騙され上手な僕のお嬢ちゃんは目をキラキラ輝かせながら1ページ目を読み、物欲しそうな目で俺を見る。 はいはい、読みゃあいいんでしょ。 2ページ、3ページ・・ そして最終項。イルカが鯨の噴水を使って宇宙に旅立つところでページが破られている。 彼女が言った このイルカさん宇宙に行けると思う?

nico

13年前

- 7 -

「行けるわけねーよ。そもそも、こんなんファンタジーの世界だろ? イルカが空飛んで宇宙って、奇跡でも起きない限りありえねーよ」 本を抱き、うつむいた彼女は、ふふふっと小さく笑った。髪で顔は見えない。 「私は、その奇跡、見たいな」 「え?」 「ていうか、奇跡が起きるとこを見たい」 顔をあげた彼女の目が、まっすぐ俺を捉えた。あたりはしんと静かだ。 「奇跡を信じなきゃ、私、泣いちゃいそうなんだ」

みのり

13年前

- 8 -

「奇跡は信じない。でもイルカは──」 「えっ?」 「イルカが宇宙に行けると信じるクジラがいたから、頑張って宇宙に行けたんだと──思う」 彼女の表情がぱあっと明るくなる。 「だから、お前はガンなんかに負けない。俺は信じる」 彼女を失うのが怖くて心を乱していたのは俺だった。彼女はもう戦う決意をしていたんだ。 奇跡は信じない──でも、二人を勇気づけたこの本がここにあったことが奇跡なんだと、そう感じた。

saøto

13年前

- 完 -