縄跳びの夜に

飲み会で帰りが遅くなったとある冬の夜。吐く息の白さにも驚きを覚えなくなり、寒さになれて来た頃の冬である。 やっべ。飲みすぎた…。アルコールに強いわけでもないのに雰囲気で飲んでしまう。 悠十は、自宅マンションの共通玄関を目指して歩いている。閑散とした真夜中。無音に近いはずの場所で何か地面を縄で叩くような音が響いてた。悠人が共通玄関に着く頃には音源がわかった。それは、縄跳びをしている女の子だった。

戸塚 雫

11年前

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もう日付も変わろうかというこんな時間に女の子が外にいるというだけでも怪しいのに、縄跳びなんて、どれだけ非常識なのか。 しかも女の子は薄手の長袖一枚で、縄跳びの柄を握りしめる手は氷みたいに白い。 あたりには誰もいない。 ひどく眠たくてさっさと家の中に引っ込んでしまいたかったが、もしこの子に何かあったら後味が悪いだろう。 なんなんだよ。とひとりごち、悠人は女の子のそばまで行った。 「おい」

イト

11年前

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女の子の背に声をかける。 身長から察するに、小学3〜4年生位だろうか、ひょっとしたら、もう少し上かもしれない。 「ちょっと、こんな時間にだめだよ」 声は聞こえている筈なのに、女の子は縄跳びを止めようとしない。 …ひょっとして、耳が悪いのだろうか。 仕方なく、悠人は女の子の正面に回って声をかける事にした。 「ねえ…君」 言いながら、悠人は女の子の顔を覗き込んだ。

マーチン

11年前

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と。 縄跳びの縄が、ぶんっ、ともの凄い勢いで回ってきて、悠人は慌てて飛び退いた。 「わ! 危ないよ、君」 咄嗟に言ったが、少女は悠人などいないかのような様子で縄跳びを続けている。 街灯もない暗い小路だ。少し離れただけで少女の顔はもうわからない。 というか、縄跳びのせいで髪が乱れているのかもしれない。髪の毛がだいぶ顔にかかって、よく見えない感じなのだ。

misato

11年前

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無言で跳び続ける女の子に、悠人もさすがに妙な違和感を感じ始めた。 と、その時。 「お入んなさい」 小鳥のようなか細い声が女の子の口から漏れた。かろうじて見えていた口元はぽそぽそと、同じ台詞を繰り返す。 「お入んなさい。お入んなさい」 (入れって…もしかして縄跳びに?) 幼い頃友達とした、向き合い同じ縄で跳ぶやり方を思い出した。 けれど。 (どうして、俺に?) 悠人は一歩後ずさる。すると。

いのり

11年前

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後ずさっても「お入んなさい」の声は止まらない。さっきよりも大きな声になりやや早口気味だ。縄跳びの速度も次第に早くなり入るにも入れない。 「お入んなさい、お入んなさい、お入ん……」 そこで女の子の縄跳びが止まる。足が引っかかったのだろう。そこで足元を見てみると、女の子の足は片足しかなかった。腕の白さは血が通わないからだと気付いた俺は、その場から逃げた。 それでも縄跳びをしながら女の子は付いてくる。

10年前

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ピシッ、ピシッ、と地面に縄が打ち当たる怪音。女の子を撒きたくて俺は凍てつく夜を全力で駆けた。 「お入んなさい」 縄の回転数が鋭さを増す。 「お入んなさい」 背中に焼灼感が疾る。 「両   足    あ     る      な       ら        お         入          ん           な            さ             い」

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頭は覚めているのに、酔いが膝にきた。 動きを失った縄を引き摺りながら女の子が近づいてくる。 トンッ、ズズ 女の子が動きを止めた。 「両足ないなら入れない」 視線を落とすと、俺の座り方は片膝が立てられ、もう片方は前方から見えない形になっていた。 女の子は再び縄跳びをして、俺の横を抜けていく。 ……助かった。 …トンッ、ズズ ……トンッ、ズズ トンッ 「両足、みっけ」

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トンッ 縄の音で反射的に跳び上がる。 「いち」 と女の子が呟いた。 跳べれば助かるのだろうか。更に縄跳びは続く。 「ひゃくに、ひゃくさん……」 やがて視界が明るくなる。日が昇った、そう思った時だった。 パシッと縄が足に当たる。すると女の子は告げた。 「悪い足はいらないね」 日は昇ってなどいない。錯覚したのはヘッドライト。轟音のトラックがすぐそこに迫っていた。 ブチリ、と何か千切れる音。

nanome

9年前

- 完 -