"全身を強く打ち死亡" というのは、手足がちぎれたり内臓が飛び出していたりしていた場合の婉曲表現である事が多い。 そうして俺は、そんな"全身を強く打"って死んだ人のパーツを元に戻して縫い付け綺麗にする仕事をしている。 チャッチャチャッチャと切って縫う。 チャッチャチャッチャと縫って貼る。 綺麗に出来たら一丁あがり。次の手術に取り掛かる。 次に来た死体は、驚くほど美しいものだった。
- 1 -
何度見ても、それは苦に歪んでおらず、安らかに寝息を立てて眠っているようにしか見えない。 何処ぞのベッドに寝かせていても違和感は無いだろう。 ただ一箇所を除いて。 彼女には右足が存在しなかった。 右足の備えくらい幾らでも保管されているが、彼女のような、健康そうな艶やかな肌はこれまで見たことがなかった。 無論、死んでいるのだから健康も何も無いのだが。 困った…これでは彼女に合うパーツが無い。
- 2 -
気づいた時には右手に健康そうな右足が握られていた。 そして足の接合をはじめた。 血塗られた右足の生ぬるい温度が恐怖を掻き立てた。 私は彼女の美しさに魅了され、人殺しをしてしまった。 今にも逃げ出したい気分だ。彼女がとても怖い。 しかし私の身体は彼女の足の接合を辞めようとはしなかった。
- 3 -
エンバーミングの禁忌をおかした私は、この仕事が最後だと感じていた。 美しい死体。 今までいろんな死体をみてきたが、生きてるような、眠っているだけなのではと感じさせる程の死体には出会う事はなかった。 死体に恋を、したのかもしれない。 それほどまでに美しい。 今まで以上に丁寧に。心を込めて。 彼女が死体でなければ。 私は、さらに禁忌をおかす。
- 4 -
彼女を生き返らせよう。 私はこの世にいるすべての生物の中で、いちばんの禁忌を犯した。 「生き返らせる。」といっても、実際にこの死体が動きだす訳ではない。クローン技術を使うのだ。 研究は、1年続いた。 クローン技術を使って出来た彼女は、もうすぐで完成する。 但し、もう時間がない。 本物の彼女の死体を戻す為に使った足は、私が殺人を犯してまで手にいれた物なのだ。 私は指名手配犯だ。
- 5 -
ただ、一度彼女の瞳の中に自分を写したかった。 それが叶ったら、警察に捕まっても、死刑になっても構わない。 彼女は、どんな声をしているのだろう。 彼女は、どんな風に笑うのだろう。 彼女は、どんな仕草をするのだろう。 彼女は、 私の頭の中には彼女のことしかなかった。 死んでいてもこんなに美しいのだから、動いたらどんなに神々しく感じられるのだろう。 彼女の頬をなぞり、早く目覚めるように祈る。
- 6 -
そして、クローンが目を覚ます時がきた。 焦がれ待ち侘びたその一瞬。黒絹の睫毛がゆっくりと震え、その奥の硝子玉が私を捉えて人間の眼球となる、その瞬間。 違う。 私は猛烈な違和感を感じた。 クローンのための部屋を飛び出し、死体の、本物の彼女の元へと向かう。硝子の柩に納められた彼女を一目見て、私は深く絶望した。 死体の方が、ずっとずっと美しい。 どうして。顔のつくりは全く同じだというのに。
- 7 -
そこには、表情があった。 短いながらにしっかりと生きた、その証があった。穏やかな、微笑みさえ浮かべた彼女の瞼の下には、確かに感情を宿した眼差しがある。 しかし、クローンは空虚だ。 当然といえば当然。それは私が本来あるべき時間を歪め、たった一年で作り上げた不出来な劣化コピーに過ぎない。意思を育てる時間を与えられなかった憐れな人形に、彼女の神々しいまでの美を表現できようはずもない。 私は慟哭する。
- 8 -
女性を狙った連続誘拐犯が逮捕された。 犯人は容疑を否定しているらしい。 突入した警官達は、異様な光景を見たらしい。それに関してネット上で無責任な噂が飛び交っている。「解放された女性は全員同じ顔だった」。 もちろん被害者達は年齢も容姿も性格もバラバラだ。まるで、犯人がわざと様々なタイプを選んだかの様に。 犯人は死刑が執行される瞬間まで、誰の顔を見てもただ、 「違う……違う」 と呟き続けていた。
- 完 -