挫けそうになりながら、それでも好きだと思い続けた。 私の最後の恋は、とっくに終わっていたから、彼に恋をしたんじゃなくて、これはただのゲームで、彼と彼女を別れさして、私のモノになって欲しかった。 初めて彼に会った時、 もし彼に彼女の存在が無ければ、すぐにでも私のモノになったんだろうなあ、と思ったから、悔しかったのだ。 彼女の存在に踏みとどまる彼の心が、ムカついた。
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整った顔。けれどそれより、軽妙洒脱な話術、小さな仕草に心が動いた。 その彼女は、美しいかわりに馬鹿だった。彼の魅力を、私のほども理解していないような。何故彼はこの女を選んだのだろう? 恋は盲目だから? 指を絡め、抱き合った。 それでも視線が私を捉えることはない。 愛してる、大好き。 私が白と黒の言葉を重ねる度、彼は軽く笑って黙る。 浮気なんて一言じゃ片付かない、それはまさしくゲーム。
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女にとって一番辛いことは相手から必要とされないことで、それを自覚したとき頭ン中が真白の絵の具でしこたま埋め尽くされる。 朝起きて化粧する、この行為が無意味に思えて、もうどうにでもなれって自棄になる。 だけど、また彼や彼女を見ると「バカが...」って呟く。 聞こえないように、本当は聞こえるように。 右手に妬心、左手に執心、恋のからくりが私に纏わりつく。 私は溜め息の数を数えるのをやめた。
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「お前の事、彼女にバレそうなんだよなぁ…」 ベッドの上で私の頭を撫でながら彼は小さく呟いた。 オレンジ色の照明が彼の横顔の輪郭をはっきりと描く。 その美しさに私の独占欲は刺激され、感情のドミノが一気に倒れ始めた。 ドミノは連鎖を起こし、私の心の一点に触れた。 そして、そこに依然から存在していた漠然とした考えが具体的な意思として急速に形成されていった。 「(あの女に、全てバラしてしまおう…!)」
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彼女は思っているはずだ。自分は誰よりも、彼のことを理解していると…。 しかしそんなもの、所詮幻想でしかない。人はもっと、男と女の欲望に満ちた、人間臭い関係を築いてこそ、真の姿を知ることができるのだ。 彼女が見ている彼は、所詮着飾ったマネキン。私にだけ見せる欲にまみれた姿こそ、彼の真の姿だ。 私しか知り得ない彼の本当の魅力を馬鹿な女にお知らせし、私は彼女のプライドをズタズタにしてやる。
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この日のために練りに練った計画。そう今日はあの女を不幸のドン底に突き落とす日。楽しみで仕方がなかった。待ち遠しくて眠れなかった。 あの女の顔が絶望で埋まって行くところを想像しただけで身体が疼いた。 「ふふ…待っててね?地獄を見せてあげる…。」そう呟き私は鼻歌を歌いながら期待と希望を胸にシャワーを浴びにバスルームへと向かった。
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「えー、被害者は20代の女性。全身を刃物で滅多刺しにされている模様です。何も盗られてません。はい、怨恨ですかね。だとしたらよほど恨まれてたとしか考えられません。」 普段死体を見慣れている一課の刑事でも少し顔をしかめてしまうような無惨な姿でその女性は倒れていた。都内の女性専用マンションのエントランスまであと十数メートルの路地。女性は帰宅途中に狙われたらしく、近くには高級ブランドのバッグが落ちていた。
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「あの女、ウザいんだよな。俺とお前のこと知ってるくせに、アプローチかけてきやがんの」 聞いてしまった。彼は今日、仕事で地方のはずなのに。わたしが見たものは明白な「裏切り」だった。 気がつけばわたしの手には血に塗れたナイフが握られていた。あの女に襲い掛かられたときのことを想定して護身用に持ってきたものである。 近くに彼は見当たらない。探さなければ この醜い肉塊を見れば、彼も気が変わるだろう
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あぁでも私の身体は動かない。 地獄でしょ。醜い肉塊になった私をちゃんと見なさいよ。 私はあなたにズタズタにされた。呼び出したあの女に護身用のナイフで飛びかかった。彼が現れたのは誤算、そのナイフで私を滅多刺しにしたの。私の手にナイフを握らせて二人は逃げた。 この恋がゲームなら私は勝ったのか負けたのか。分からない。でも彼の脳裏から生涯私が消えることはない。 そう思うと少し安らいで無意識に包まれた。
- 完 -