目を開けると、カーテンの隙間から入ってくる外からの光は薄っすら明るくなっていた。 もう朝かと思いながら、目覚ましがなるまであと20分寝ようと再び目を閉じまどろみの中に溶け込んでいった。 外の世界がどうなっているのかその時は考えもしなかった…。
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再び目覚めたのは妙な胸騒ぎからだった。 いや、正確に言えば妙な夢から目覚めた感覚に 異様な雰囲気を感じたのだった。 そんな不安を掻き消すように 勢いよくカーテンを開ける。 いつもと変わらない朝。 昨日と同じ よく晴れた空。 だけど なにかがおかしい、確実に。
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勢いよく開け放ったカーテンの向こうには、いつもと同じ景色が視えた。 ——だが、人が一人も居ない。 いつもなら正面の交差点を幾つもの車が行き交い、煩いほどなのだが… 今はただ信号機だけが静かに、誰のためでも無く作動していた。
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「まさか…」 妙な胸騒ぎがして、部屋を飛び出した。 そして母の寝室を覗いた。 「…嘘、嘘だろ!?」 母の布団には、誰もいなかった。 布団から抜け出した、というよりは、忽然と消えた、という感じか。 一体どこへ。 …心臓がドクドク跳ね出した。 母の部屋を飛び出し外へ出る。 そこには誰一人いない。辺りの民家にも人の気配すらなかった…
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人間は極限状態に陥ると、笑い始めるという。俺も例外ではなかった。 ふふ、はははは、何だこれ、何のドッキリだよ。何プロジェクトだよ。 訳もわからず枕元のiPhoneを手に取る。 電波は、生きてる。 現代っ子の悲しい性かな、この状況でまずTwitterを開く。 みんなの更新がAM1時頃で止まっている。俺がちょうど眠りについた時間だ。 Facebookも、mixiも同じだ。 「わけがわからないなう」
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返事は、なかった。 俺は、一度見たタイムラインを再び遡りだした。体が凍ってしまいそうだった。 画面に、ありふれた日常の呟きが流れていく。普通の日だった。日本の首相が変わったわけでも、百年に一度の天体ショーがあったわけでもない。本当に、何の特別な事はない、普通の……。 俺は突然、今日の日付に不思議なデジャヴを覚えた。 昔。遠い遠い昔。 …約束があった。 「十年後にまた会おう」と、約束を…。
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しかもその時間は、AM1時だった。 そうだ、今でもはっきりと覚えている。あの日は夜中突然君から電話がかかってきたことから始まったんだ。突然「会いたい」と、君は電話口で訴えたのだ。 興奮気味の君を落ち着かせながら、すぐに行くと伝えた。真夜中必死に自転車を漕いだ。待ち合わせ場所の公園に着いたとき、時計を見ると0:50を指していた。街灯の下のベンチに座っている君は、泣いていた。
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泣きながら、君は、ポツポツと話し始めた。 「ちょっとした憂さ晴らしだったの…」 彼女の話は、こうだった。 この日は、朝からちょっとした失敗が続き、しかも普段なら誰も気に留めもしないのに、妙に、あからさまに叱られたり、大袈裟に取り上げられたりで、ムシャクシャしてたと。 だから、これも普段ならスルーするんだけど、帰り道にあった『世直し相談所』なんてとこ寄って、愚痴をこぼしたと。 それがこんな結果を…
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心電図は線は水平を描いた。 「午前1時、ご臨終です」 医師は腕時計に目をやり、告げる。 「先生。ありがとうございました」 母親は医師に頭を下げた。 「死をもって現世の苦痛から解放するというカルトから、恋人を守ろうとして事件に巻き込まれたんでしたね」 「ええ。相手の方も亡くなられ、せめてこの子だけはと思っていたんですが」 母親は色味の失われていく息子の顔を優しくなでた。 「10年間、よく頑張ったわ」
- 完 -