Life with CACTUS

ピピピ…ピピピピピ 3つの目覚ましが一斉に叫ぶ。 ベッドから体を起こすと少しの間ぼんやりとして、支度を始める。朝食はバナナと箱買いした菓子パン。 6時30分。電車に揺られ仕事へ行く。 23時。帰宅。コンビニで買ったレトルトご飯と惣菜をレンジで温めテレビを眺めつつ食べる。週末はご褒美に駅前でチーズケーキを買う。 変わらない日々、退屈な人生。 そんな毎日に突然現れたのは一人の生意気な少年だった。

ひよこ

9年前

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私が少年と出会ったのは指先が凍りつくような冬の日だった。 その日私はいつもより2時間も早い21時に家に着いた。偶然に偶然が重なった結果なのだが、詳しく書くと長くなるので割愛する。 帰宅した私は、部屋がなにやら騒がしいことに気がついた。テレビをつけっぱなしで出掛けてしまったのだろう。以前にも同じ経験をしたことがあった。 実際テレビはついていた。 そしてそれを見て笑っている少年がいた。

雪中花

9年前

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部屋を間違えたのだろうか。いや、どう見ても自分の家に間違いない。 「あ、おかえりー」 「ただいま…?」 「部屋暖めといたよ」 立ち尽くす私に気付いた少年は当たり前のように私に告げる。 「今日はいつもより2時間早かったね」 「え?なん」 「ごはんまだ?って、またレトルト。体壊すよ」 言葉を遮り、私の手から取った袋を覗き込んで少年は言う。 私の事を知っている? この生意気な少年は一体…誰?

asari

9年前

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間違いでないとわかった今、追い出すべきか、警察に突き出すべきかが頭をよぎった。 だけど話ぶりからして、なんだかいつもそばにいるかのような雰囲気である。 「ああ、気にしないで良いよ。いつもの事でしょ?」 「………知らないけど」 それを聞くと、少年はちょっと目を丸くした。 「あれ、そうなの?すっかり馴染んでたからてっきり分かってるのかと」 「馴染んでたっていつから」 「此処に来た日から。ずっと」

harapeko64

9年前

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嬉しそうに笑って答える少年に毒気を抜かれて声も出なかった。 此処に人を呼んだ事は無いのだけれど。 呆然とした後、すぐに微妙な顔を浮かべた私を見て少年は不思議そうに顔を傾げた。 「どうしたの?」 「貴方が来た日の事を思い出しそうとしていたの」 少年は納得したように頷き、私に自分が来た日付を伝えた。それは私が此処に引っ越してきて細々とした物を取り揃えた日付と同じだった。

七篠

9年前

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主な家具家電類はすでにそろっていたものの、生活しはじめて足りない日用品があることに気づき、久しぶりの休みを利用して買いに出かけたのだ。 少年は懐かしげに言った。 「かたちがかわいい、って連れて帰ってくれたんだよね」 記憶のフィルムが巻き戻る。 眠るために帰るだけとはいえあまりに殺風景な部屋。水やりのいらないこれなら、と選んだ。 ころんと丸い、サボテンの鉢。

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世話いらずは存在が希薄になりやすい。 部屋の中の一部分と化したサボテンの鉢。見慣れている風景の中に常にいるのだと思っていた。けれど、飾りたてていたはずの場所に鉢はなく。 まさか。 思えば、少年の髪も緑がかって、ツンツンしているように見える。 「かわいいなんて言ってくれたのお姉さんが初めてだったから、嬉しかったよ」 目尻をくしゃっと崩した笑顔で少年が笑いかけてくる。 「それは、どうも」

aoto

8年前

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少年の正体が分かったところで、適切な対応は一体何なのか。 「つまり、君はいつも帰宅前に部屋を暖めてくれてたの?」 「いや?今日は本当に寒い日だったからね」 少年はペロりと茶目っ気たっぷりに舌を出して見せた。 「…じゃあ何か食べる?」 「僕は時々水をくれればいいよ。それより、レトルトばかりじゃ良くないよ。これからは僕が食事を作ろうか?」 混乱する頭に入ってきた言葉に私は何故か頷いてしまった。

Iku

8年前

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許可が取れた少年は、遠慮なく冷蔵庫を開ける。その姿を私は今でも忘れない。 庫内を見た少年は「添加物ばっかり」と棘を含んでみせてから、手際よく一品を仕上げてくれた。 家庭的な湯気が上がる皿の奥。21時の自宅に料理を作ってくれる相手がいる光景を私は恥ずかしながら初めて見た。 少年は水と温室のある暮らしに慣れてるようだけど。 いつもなら帰宅する時刻に満ちる眠気。少年が私に訊く。 明日なに食べたい?

- 完 -