「動くな。動いたら撃つ」 「さっき聞いたよ」 この男に銃口を向けられてから30分以上経過している。 「動くなよ」 「俺は動かない。で、それからどうするんだ」 そう聞くたび、男はだんまりを決め込む。 さらに10分ほどして、ようやく男が動いた。銃口を俺に向けたまま腰を屈め、そのままうつ伏せになると、肘を地面に付け狙撃手のように銃を構えた。 「何のつもりだ」 「…うるさい」 腕が疲れたらしい。
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「…なぁ、もうやめにしようぜ。俺もさっきから同じ体勢で結構辛い」 「少しは自分の状況考えろよ。こっちがその気になればお前はすぐにあの世行きだ」 なんともまぁテンプレ通りな脅し文句なことで。 「うるせぇ黙れ!殺すぞ!」 おっと、どうやら心の声が無意識のうちに漏れてしまっていたようだ。男が悪口を言われた小学生並の瞬発力で、俺に食いかかってきた。 一応命は惜しいので、言われた通りに口を噤む。
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まず一旦状況を整理しよう。 なぜ俺が今、他人から40分も銃口を向けられ続けるというアブノーマルな目にあっているのか考えるんだ。 このクレイジー野郎から逃れる術を探すんだ たまたま大学が休みだった俺はランチにちょっと気取ってカフェに来たんだ。 そこまでは普通の休日だ。 確かに俺はコーヒーが嫌いなのに、カッコつけてコーヒーをブラックで注文してはいたが、普通の休日にかわりはないはずだ。
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まさか、カッコつけてコーヒーを頼んだせいで罰が当たったわけではないのだろうが。 しかし、飲みつけないコーヒーの苦さに顔を顰めていたのは悪かったのかもしれない。 突然入ってきたこの男が、「てめぇ、何だその顔。バカにしてんのか!」とか言い出したのは、そのせいだものな。 勿論俺は、バカになんかしてない、気を悪くしたなら謝ると言ったんだ。 けど、時既に遅し。この男は魔法のような素早さで銃を取り出した。
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そして現在に至る。 男が持っているのは自動拳銃。 きっと素人なのだろう、持つ手が震えている。 「なぁ、一つ質問いいか?」 「うるさい、だまれ。」 「一つだけだから、聞いたら黙るから。」 「...一つだけだぞ。」 「その拳銃、使うのは始めて?」 「そうだ。」 「さて、ここで一つ授業です。 自動拳銃は引き金を引けば撃てると誤解されがちですが、一発目だけはスライドを引かないと撃てないんだよ?」
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男は全くの素人だった。 それは俺にとっての最後のチャンス。 男が構えているそれ、トカレフと呼ばれる、旧ソ連製、粗悪な作りの銃だ。 その様子では銃を構えたことすらないらしく、スライド後部に親指が掛かっている。 男は微動だにしない 男がスライドを引いていない事を祈って、俺は左に走った。 バンッ‼︎ 「うお"ッ‼︎」 そう叫んだのはその男。 たちまち男の手から真っ赤な血が流れ出した。
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自分の腕から銃が発射される、そんな体験していなかった男は、意外に大きかった銃の反動に驚きを隠せない。 俺が動くのが早かったのか、相手の腕が物凄く悪かったのか、幸い弾は当たっていない。 「残念だったなぁ」 俺は銃を持っている腕を持ち、膝で思いっきり蹴った。 ある種のナイフや銃を持っている者が素人なら、意識が自分の武器に集中しきっているので、それ以外の手で対抗しようとは思わないのだ。
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男の手から銃が落ちたところを、すかさず俺と店員で押さえつける。 外で待機していた警官が駆けつけ、男はあっけなく御用となった。 誰にも怪我がなかったのが不幸中の幸いと言ったところか。 「しかし、お兄さん、すごいですねえ」 サービスです、と言ってコーヒーを差し出しながら、店員が話しかけて来た。おっと、ブラックか。 「犯人よりも銃に詳しいじゃないですか。感動しましたよ。勉強でもされたんですか?」
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「たまたまですよ。講義があまりにも暇なんで、中二心的なやつで調べてたんです」 こんな偶然もあるもんなんですね、たまたま旧ソ連の軍備施設と調べたりしてたなんて。 「実は俺ナイフにも詳しいんです。とりあえずサバイバルナイフはセレーションがその服の繊維糸に引っかかってると思うので、ホームセンターのフルーツナイフに買い換えることをオススメします。」 じゃ、ご馳走様でした。 次回はカフェラッテで。
- 完 -