宇宙初めての意思

宇宙に初めて意思が生まれたとき、そいつが最初に考えたことは何だったのだろう? ちょっと想像してみませんか?

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という駅の広告を見て、 「んなもん『腹減った』に決まってんだろ」と彼が荒々しく言った。 「そう?でも宇宙ってことは、異星人かもだよね。あ、でも『意思』って難しいね、知的生命体じゃなくても意思ってあるのかな?動物はお腹が空いたとか眠いとかあるだろうけどそれが『意思』としてあるのかはわからないね。それって本能だし」 「お前は何事も難しく考えるなぁ。どんな星だろうが生き物なら腹減ったが一番だって」

jojo

9年前

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「仮に意思があるとしても、それは違うと思うけどなぁ」 「じゃあ、何だと思うんだよ」 彼は不満そうに口を尖らせた。 「『腹減った』だなんてロマンがないでしょ。どうでもいい生理的欲求なんて宇宙初の思考に相応しくないよ」 「なんだと。空腹は俺の人生において一番の問題だぜ」 彼は売店で購入したばかりのホットドッグを頬張りつつ、あからさまに嫌な顔をした。 「もっと哲学的に考えようよ。『生きたい』とかさ」

kam

9年前

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「『腹減った』だって十分哲学的だと思うぜ。ほら、ラスコーの壁画ってあるだろ。あれだってクロマニョン人達が『あー腹減った。牛食いてえなあ』って欲求から生まれたんだからな」 「そうなの?」 「そうだよ。お前、空腹を馬鹿にしちゃいけないぜ。人類の文明を発達させたのは『腹減った』って欲求からなんだから」 「でも、『腹減った』って欲求だよね。その欲求はまず『生きたい』って意思から生まれたんじゃない?」

sabo

9年前

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「いや俺はそうは思わないね。だってよ、お前『呼吸したい!』とか、『心臓動かしたい!』とかって考えねえだろ?『腹減った』はそれ単体で生まれるんだよ。でも、うーん、まあ百歩譲って『生きたい!』って意思が生まれるとしたら捕食者に命を狙われた時かな?だけどその捕食者ってのもやっぱ『腹減った』で動いてるから、先立つものは空腹だろうなぁ」 「それは詭弁じゃないの?そもそも意思を持つ生命と意思の定義が曖昧よ」

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彼は押し黙った。そして、ふと思った。 どうして俺たちはこんな話をしているのかと。 「あーったく、お前はいっつもそうだ。何でもかんでも、難しけりゃいいと思ってやがる。生命?意思?定義?んなこたどうだっていいんだよ。いいか?人間も、動物も、植物も、働いたり狩りをしたり光合成をしたりするのは、なんでだと思う。飯を食うためさ!」 彼女は冷ややかな視線を、彼に注ぐ。 「そう。で、何が言いたいの?」

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「要するにだな!空腹を満たすってことは生き物にとって欠かせないってことが言いたいの!難しく考えずにだな…そうだ!ここに入ろう!な?お前、腹が減ってんだろ?しょーがねぇな。だからそんなに苛立ってんだよ」 彼女はさらに冷ややかな視線を送ってきた。どうやら空腹ではないらしい。 「ほんっとに昔からデリカシーの欠片も無いわよね。だから『腹減った』なんて思いつくのよ。もう少しロマンチストになってみたら?」

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「ロマンチストねえ……。俺はリアリストなんだよ。ロマンで腹が膨れるかっての。お茶しようぜ、お茶」 二人は喫茶店に入ることにした。幾分か年代物のテーブルが設えられた店。 「俺、サンドイッチ」 「まだ食うのかよ…!」 「やっぱり、人間の三大欲求って言うじゃん。食うもん食わないとやってけないんだって。生きることは放棄しても死なねえけど、食うことは放棄したら死ぬじゃん」 「それはわからないよ」

Utubo

6年前

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そう言ったきり、彼が何を言っても、彼女はもう議論しなかった。 サンドウィッチが運ばれて来ると同時に、彼女は席を立ち、そのまま店を出た。 「お、おい待てよ。何?怒ったの?」 彼はサンドウィッチには目もくれず、慌てて彼女を追いかけた。 彼女は笑いを堪えきれず、吹き出した。 「あはは!ほらぁ!」 「え、何?何?」 宇宙に初めて意思が生まれたとに、そいつは自分以外の意思を探したんじゃないだろうか。

- 完 -