本屋の守り人

小さい古臭い本屋さん。 ここが私にとっては宝の山であり、かけがえのない場所であった。 洋書がたくさんあり、アンティークが並ぶこの本屋さんは、古き良き西洋かぶれのモノクルをつけたおじいさんが1人で経営していた。 「おじいさん、本当にこのお店譲っちゃうの?」 「ああ。そろそろ孫の代に譲ろうと思ってな」 でも、そんなことしたら、このお店は変わっちゃうんじゃ… 私はそっと眉を寄せ、視線を落とした。

あいく

12年前

- 1 -

おじいさんは私の心中を察したのか、「変わるかもしれんし、変わらんかもしれん」 そう言った。 おじいさんの言葉に納得できずに、自分の足元を見た。「変わらんことがいいこととは言えんだろう?」とおじいさんは小さく笑った。次に来たとき、店変わってしまっているだろうか? 次に店を訪ねたのは、随分としてからだった。店は外観も含めて、変わっていなかった。店主以外は…。 店主はまだ若い青年だった。

mithuru

12年前

- 2 -

確信が持てず、ウジウジと迷っていたけれど、数冊の時代小説と洋書のペーパーバックを手に、レジへ向かう。 「……2940円になります」 「…………」 そのまま、お釣りを貰って帰ることもできた。それなのに、どう言うわけか、私の口はギリギリのところで開いてしまう。 「前の店主のおじいさん、どうされてます?」 店員は“何を言ってるんだこの客”と言う表情を貼りつけてから答えた。 「自分、ただのバイトなんで」

- 3 -

私はそそくさとお店を後にした。 何も変わってないんだもの、良かったじゃない。自分に言い聞かせた。 また数日後、私はお店を訪ねた。 何だろ?雰囲気がどこか違う。 アンティークの柱時計の音が今日はやけに気になる。 カチ、カチ、カチ… 本棚の間を奥のレジカウンターへ向う。 おじいさんとバイト君の代わりに一匹の猫が私をジッと見て座っていた。 足元にクッキー缶が置かれ『お代はこの箱へ』と貼紙があった。

真月乃

12年前

- 4 -

バイトくんはやめちゃったのかな? まさか人手不足だから無人にしてるの? 「今日はきみひとりだけなの?」 つい猫に話しかけるが、ふいと目を逸らされてしまった。 仕方なく店内を物色してまわる。その間に誰か戻ってくるかもしれないし、と考えながら。 しかし、長い時間をかけて一冊の写真集を手に取っても、状況は何も変わらなかった。 ため息をつき、本を持って猫の座るレジに向かう。すると、

ミズイロ

11年前

- 5 -

カウンターの裏、床に先日の青年が寝ていた。わっと声をあげて後ずさると猫がカウンターから飛び降り逃げた。青年も緩慢な動作で身を起こし、ふらつきながら立ち上がる。先程は縮こまった身体しか見えていなかったが床には座布団が二枚敷いてある。 「今日は…あいつ、バイト…ので、代金…缶に…。」 上がりきらない腕と曖昧な形の指でクッキー缶を指すと青年はまたカウンター裏に消えた。缶に多めに代金を入れ足早に退散した。

mochi

11年前

- 6 -

翌日、私は再度お店に訪れた。今日はあの青年に会うのが目的だ。いくらバイトとはいえ、猫をカウンターに置いて、自分はサボるだなんてなっていない。変なところで私の仁義が発揮してしまったのだった。 青年はカウンターにいた。私が来るのを目ざとく見つけると、クッキー缶を持ってカウンター裏に消えようとしていた。 「逃げちゃだめ」 青年を引き止めた私は訳を聞くことにした。 対人が苦手なのです、と彼は語った。

aoto

10年前

- 7 -

「だからって猫に任せることないでしょ」 「…すいません」 どうやら重症らしい。 放っておけばいいのに、また私の仁義はこの青年を見捨てることはできなかった。好きなお店だからということもあったかもしれない。 「おじいさん…じゃなかった。店長のお孫さん呼んでくれる?何とか接客外すように言ってみるし」 「あ、僕がその孫なんです」 なんだと。 「ただのバイトだって言ったじゃない!」

toi

10年前

- 8 -

口ごもる青年と、苛立つ私。 「店を継ぐ気はあるの?」 「子供の頃からこの店が好きで…潰したくないんです」 その言葉で怒りは消えたが、店の先行きを考えると不安は拭えない。 「あの…良かったら、店を手伝ってもらえませんか。実はあなたの事は祖父から聞いていて…」 なんだと。 おじいさんとの仁義を持ち出されては断れない。 彼がモノクルの似合う店主になれるまで、猫先輩と一緒に付き合ってあげるか。

hayayacco

10年前

- 完 -