5+6×2=?
- 1 -
17 じゃ~17-4÷2=?
- 2 -
「ええと、8.5」 「よろしい、計算能力にはまったく異常はありませんね」 若い医者はそう言うと、カルテに走り書きをした。 「それでは続けます。あなたの名前はなんですか?」 名前?自分の名前が言えない人などいない。私はくちびるを軽く開き、これまで何千回も発したはずの馴染みある言葉を口にしようとした。 「ぁ……」 医者は注意深く私の目を覗きこんでいた。
- 3 -
「ゆっくりで良いですよ」焦っているつもりはないがどもってしまう。友達と話していて、芸能人の名前が思い出せない時のような感覚だった。医者は「また明日にしましょうか」と言って私は殺風景な病室へ帰った。 ベッドに横になり窓から見える景色をぼんやり眺めると、タタン、タタン、タタン、緑色の電車が通過している。すると突然激しい頭痛に襲われた。さまざまな映像が現れては消え、私はナースコールを押していた。
- 4 -
ジリリリリリリリ… 幾度聞いても慣れない音。 トタタタタ… 小さく狭い病院のためか看護婦の走る音は廊下に響き渡る。 頭が痛い私にとって今はどんな小さな音でも悪意を感じてしまう。 ガラガラ… 「木村さーん、どうかしましたかー?」 息をはずませながら看護婦は声をかけた。 声を出す気力も出ない。その様子をみた看護婦はもう一度声をかけた。 「木村さーん、木村拓哉さーん、どうしたんですかー?」
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痛くて声も出せずにいると 看護婦はいつものジョークだと 勘違いして笑いながら去ろうとした 待ってくれ 本当に痛いんだ 行かないでくれ 看護婦を呼び止める為 僕はあの台詞を叫んだ 「ちょっっ…ちょ待てよっっ‼」
- 6 -
「キムタさん、おはようございます。いつも美顔で羨ましいです。」 隣の火村さんが、声をかけてきた。 顔に刀傷がある派手な着物を着た人だ。 名前間違えてますって言いたいけど、関わりたくないから、いつもスルーしている。
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「なあ、キムタさんってば~。恥ずかしがらないでくれよ。俺ら、友達だろ?」 いや、友達じゃないし。 いつも以上にムカつくな。 そんなこと思ってたら、火村さんがいきなりトランプを取り出し 「そうだ!大富豪しよう、大富豪!俺強いんだよ!」 うるさいよ。今俺は頭が痛… ……あれ?もう頭痛くないな。うぇい! よし、火村さんはイヤだけど大富豪は好きだからやってやるか。暇だし。 「やりましょうか。」
- 8 -
「お父さん!起きて‼」 突然そんな声が、世界を支配して、全体が大きく揺れ出した。 「火村さーん、あぶな……」と、叫びながら、グワッと、目を覚ました。 四年生の娘が、プンプン膨れて、怒っていた。どうやら、宿題の算数を教えながら、寝てしまったようだ。 17-4÷2=…… これかぁ。なんだっけ? 確か、さっき8.5で、問題無しって言われてたから… いやいや、割り算から先に計算するんだから、15!
- 完 -