赤い女

新緑の眩しい季節、可奈子はおろしたばかりの檸檬色のワンピースを着て家を出た。
最初の角を曲がると、駅まではまっすぐな道が続いている。
この道は可奈子の好きな道。
閑静な住宅街と喧騒の駅前をつなぐ一本道。

暖かい風が、可奈子の頬を撫でた。
ーあら、可奈子ちゃん、大きくなったのね

不意に耳元で囁く声がして、可奈子は驚いた。あたりを見回したけれど、誰もいない。そこはいつもと同じ住宅街だ。

ミヤコワスレ

- 1 -

可奈子は気を取り直し、再び歩み始める。
目指すは君の元。
駅から電車に乗って、数十分ほどで着くだろう。

ーーまあ、私のこと忘れてしまったのかしら?

不意に聞こえた女性の声。恐る恐る振り返る。
だがそこにあるのはやはり住宅街。
可奈子は怖くなり、少し速歩で一本道を歩く。

のくな

- 2 -

─可奈子ちゃん
─可奈子ちゃん

足を早めれば早めるほど、声はさわさわと、そしてはっきりと聞こえる。もはや幻聴とは呼べない。
耳を塞いで、振り返らずに走った。

ようやく君の家の角を曲がり、門扉の前にに辿り着く。太陽は明るく、どこにも影はない。

早く君の元へ。

インターホンを押そうと伸ばした手を、いきなり横合いから、誰かにぐっと握られた。
ひんやりとした感触に身が竦む。

「キャーっ‼」

- 3 -

「なに、僕だよ」
それは蒼くんだった。今あったことを話すと蒼くんは考えこむように唇を噛んでいた。

「じいちゃんも前にそんなこと言ってたな」
ちなみに蒼くんのおじいちゃんはもう亡くなっている。

「よし調査だ」
「い、いやだ、怖いよ」
今日は蒼くん映画に行こうって言ったのに。なのに蒼くんは私の手を握るともと来た方に向かって歩き出した。
「僕がいる、大丈夫」
何か聞こえたら言えよ、と蒼くんは笑った。

ハルノテル

- 4 -

喧騒の駅前はいつも通り、行き交う人々のざわめきが響くだけ。二人でいるとあの声は聞こえない。

「どう?」
「聞こえない。ねえ、もう止めよう。遊びにいこうよ」

そう言って、駅を出ようとして気がついた。
あんなに晴れていた空がいつの間にか曇っている。太陽は雲の影に隠れてしまった。
空を見上げたその顔に、一つ、二つと雨粒が落ちる。あっという間に本降りになった。

暖かい風が、二人の間を吹き抜けていく。

lalalacco

- 5 -

「ビニール傘買ってくるよ。可奈子はここにいて」

蒼くんはコンビニの方へ走って行った。
待って、一人にしないで…

努めて雨の音に集中する。なのに、
-可奈子ちゃん
来た。
-やっと一人になったのね。
いや。誰。聞きたくない。
-どうして逃げるの。久しぶりに会えたのに

怖い‼︎

声から逃れようと雨の中に飛び出した。
土砂降りの雨が体を濡らしていく。

-そういえば、こんな雨の日もあったわね

ふきのとう

- 6 -

蒼くんをコンビニに残したまま、当ても無く、何度も転びそうになりながら走った。

商店街の方にいければ!

この町で唯一賑わいを見せる場所。
と、ふと気付くと目の前の道の真ん中に人が。
そういえばあの声も今は聴こえない。
急いで商店街の方へ向かうため、その人の脇を通り過ぎた時。何か違和感がある。

-「可奈子ちゃん。」

違和感の正体。それはこの蒸し暑い雨の中、傘もささずコートを着たその女の人。

おちゃぺと

- 7 -

立ち止まってはいけない、そう分かっていても、足が凍りついたように動かなくなる。そしてそのまま、可奈子は恐る恐る振り返った。

「可奈子ちゃん」

妙に胴の長い女性が、上半身を前後左右に揺らしながら近付いてくる。真っ赤なコート。まだ昼間だというのに、顔の辺りは陰ってよく見えない。

「カナコチャン、ヤットアエタネ」

女性の放つ声は、今日何度も耳元で聞いたものと同じ。けれどどこか、作り物めいていた。

香白梅

- 8 -

「あれ、可奈子どこ行ったのかな?」
蒼くんは傘を持ってコンビニから出てきた所だった。
「蒼くん...」
こっちに向かってきたのかと思ったら、そのまますれ違った。
どうやら私に気づいてないようだ。

「蒼くん...なんで私を1人にするの...?」
可奈子の声はまるであの女性と同じ声。
ワンピースは、あのコートと同じ真っ赤。

「待ってよ...ねぇ」
ワンピースの裾からは赤い液体が滴り落ちていた。

ハル

- 完 -

作品情報

赤い女

#6235

リレー期間

2年11ヶ月