僕はランドセル。 ミヨちゃんのランドセル。 ───幼稚園年長さん三月 僕は、先月この小っちゃな女の子ミヨちゃんのランドセルになった。 お婆ちゃんが僕の明るい赤色を気に入ってくれた。 僕はこれから六年間、ミヨちゃんの勉強道具やミヨちゃんの夢を運ぶ重要な任務を担うのさ! そして、ミヨちゃんが万一転んだ時も、ミヨちゃんの身を背中から守るだ! 来月からよろしくね。最初は重くてゴメンね、ミヨちゃん。
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ミヨちゃんとの登下校は毎日楽しい。 朝、重たい僕を懸命に背負って走るミヨちゃんが転ばないか、いつもハラハラしているが、走るリズムに合わせて、僕の中の筆箱やノートが揺れて奏でられる音楽がとても心地良い。 帰りは帰りで、留め金を閉め忘れて先生に礼をして、僕の中身をぶちまける事が何回かあるが、そんなおっちょこちょいでさえ可愛く思える。 この子の6年間の成長を、最後まで見届けたい。それが今の僕の願いだ。
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ミヨちゃんは最近なんだか暗い顔。 ミヨちゃんはよく、内緒で僕の中にぬいぐるみを入れて学校に持って行ったりする。 ミヨちゃんにとっては大事なお友達なのに、クラスの子に蹴って遊ばれて、あとで先生とママにたくさん叱られちゃったから暗い顔をしてるのかな。 それとも、僕にクラスの子の給食の牛乳がかかっちゃったからかな?僕、全然気にしないよ。 ミヨちゃんの笑ってる顔が好き。早く元気になってくれるといいな!
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ミヨちゃんは2年生になった。 去年と比べてミヨちゃんは少し大きくなった。 お友達もたくさん出来た。 でも、2年生になって僕の中身も少し増えた。 大丈夫かなと少し心配したけど、ミヨちゃんは一生懸命僕を背負って学校に行っている。 そういえばこの間、ママにテストで100点を取ってすごい褒められていたっけ。 ミヨちゃん、これからもっともっと頑張ってね! 僕はミヨちゃんの後ろからいつでも応援してるよ!
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空が暗い。雨が来そうだ。 ───小学三年生、夏 「バイバイ」 学校の帰り道、ミヨちゃんはいつもの曲がり角でお友達と別れ、いつもより早足で歩いていた。 まもなく雨はザーッと降りだした。 (ランドセルが雨に濡れちゃう) ミヨちゃんはあわてて走り出した。 僕は濡れたって平気さ。君と一緒ならね。 突然、激しい 雨音と混じって車のブレーキ音が聞こえた。 キキーッ‼ 僕は宙を舞った。
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僕とミヨちゃんは地面に叩きつけられた。ミヨちゃんにショックが伝わらないよう頑張って頑張って──ミヨちゃんはかすり傷ですんだ。 でも、僕には大きな傷がついた。肩ベルトの金具も壊れた。もうミヨちゃんのランドセルとして働けない。僕は箱にしまわれて、どこかに運ばれる。 ──金具は修理して治った。6年間保証はダテじゃない。ミヨちゃんは傷の上に大きなお花のシールを貼ってくれたよ。これは名誉の勲章だね。
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ミヨちゃんが四年生になった時。 新しくできた友達のランドセルは、爽やかな水色をしていた。 「お洒落でしょう、これ?」 くるくると回る友達の背中で揺れる水色のランドセルを、ミヨちゃんは見つめている。 僕の身体は赤色だ。───周りと、何ら変わりない。 お洒落な色の方が良かったのかな? …でも、家に帰ってからミヨちゃんは、僕を洗うように撫でながら、 「私は赤が好きだなあ」 と、笑ってみせてくれた。
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5年生も半ばになると、金具だけではなくて、皮の部分もずいぶん擦り切れてきた。ボロボロのランドセルなのに、ミヨちゃんはまだ毎日ちゃんと僕を使ってくれる。 冬休み明けに背負われた時、しばらくぶりの僕は、ぐんと視界が高くなったのを感じた。 ミヨちゃんの身体は、大人に向かって成長する時期に入ったんだと気がついた。 もうすぐ、ミヨちゃんは6年生。 お別れの日が、少しずつ近づいている。
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最高学年になった君は、いつの間にかみんなにとって頼もしいお姉さんになっていたね。 集団下校のときは、小さい一年生の手をしっかり握って歩いた。 僕は嬉しかったよ。 毎日ミヨちゃんの成長を見守り続けてきたんだもん。 笑顔も涙もぜーんぶ同じように感じていたんだ。 ミヨちゃん。 今まで頑張ったね。 僕は君のランドセルになれてとっても幸せだったよ。 そして別れの日。 僕はミヨちゃんのランドセルを卒業した。
- 完 -