今日もまた、引き金を引く。サイレンサーによって消音された発砲音がパスンと気の抜けた音をだし、放たれた弾丸は真っ直ぐにターゲットの頭部へと吸い込まれていく。 今まで何人消してきたか、もう覚えてはいない。途中で数えるのをやめた。 痕跡を残さないよう念入り且つ素早く片付けをし、現場を去る。今では慣れたものだが、新米の頃は殺されそうになった。 そう、慣れてしまったのだ。人を消すことに。
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人を殺す。言い換えれば人を消す行為には明確な向き、不向きがある。 訓練でどうという問題ではない。持って生まれた才覚だ。それが俺にはあったのだ。 師匠曰く、それは己を消す事。 自分の存在を多くの人に紛れさせ、その行為を空気に溶かし、はたと気づいた時には手遅れ。まるで、寝室のドアの隙間からそろりそろりと忍び込む真冬の冷気の様な。そんな才覚。 つまり、友達ゼロの大学生にピッタリだったのだ。
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失うものも、守るものも何も無い。 空っぽだった俺に殺し屋は天職だったのだ。 人を殺すことに初めから躊躇しなかった。 今では唯一の生きがいですらある。 だから今日も俺は殺す。 報酬のためではない 己の存在を確認するために。 次のターゲットは、9歳の少女か。 この歳で命を狙われるなんて運が悪い。 だが相手が誰であろうが容赦はしない。 俺は殺し屋に‘‘向いている”のだから。
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「殺し屋に向いているだなんてかわいそうな人」 9歳の少女は背を向けて言った。俺は心境を吐露する趣味などない。ましてや、それが9歳の少女相手だなんて。 「私は人の心を読めるのよ」 9歳の少女は言った。 「なるほど、その厄介な力を持っているから命を狙われているんだな」 少女はあとなぜするように、俺の心境を繰り返す。 「こんな超能力をもって不幸せだろう、と実の父が心の中で言っていた。ねえ? 殺し屋さん」
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俺は息を吸い込んで少女に銃を向けた。彼女が幸せだろうが不幸せだろうが、俺は彼女を殺さなければならない。それが俺の『存在理由』だからだ。 「ねえ、殺し屋さん」 不意に、少女が声をかけた。 返事をすべきではなかったんだろうが、俺は「ん?」と彼女の呼びかけに応えてしまった。 「私は何が向いていると思う?」
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こともあろうか、俺はその答えをすぐに思いついてしまった。 カウンセラー。 相手の心を読めるなら、誰よりも理解して共感できるだろうから。そう、俺はこれでも大学で心理学を専攻していたんだ。 俺の心を読んでか、少女は微笑んだ。 「ふぅん。それ、面白そうね。……そんな天職があるなら、長生きしたかったな」 引き鉄が、引けない。 困惑する俺を、少女はじっと見ていた。 「ねえ、私と一緒に、逃げない?」
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俺は、引き金を引くべきだったのだ。なのに、俺の指は動かなかった。 逃げる… そんなことは出来ない。だって俺は… 「殺し屋だから?…どうでもイイじゃ無い、そんな事」 いや、どうでも良くは… いや…でも、もしも俺が殺し屋をやめ、この子と一緒に逃げたら… 「大丈夫ょ、だってあなたは殺し屋…あなたを狙う人は殺せば良いじゃ無い」 それもそーだな… 「はい、決まり、早速逃げましょ」 少女は俺の手を握った。
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瞬間ーパァンと音がして、握りかけていた手が滑り落ちた。 「お前も、彼女も間違っていたな」 発砲したばかりの銃を握っていたのは、師匠。 「どうして…?」 「この子の才能は、確かにカウンセラー向きかもしれない。が、本質は詐欺師だ」 現にお前は籠絡されかけていた、と言われ、俺は反論出来なかった。 「そして、お前の才能は、確かに殺し屋向きだが、それは殺し屋の本質を備えているのとは違う」 銃口が、俺に向く。
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「教えよう。本質を」 恐らく次の台詞を言った瞬間、引き金を引くのだろう。 「人を、生き物として見ないことだ」 パァン! 銃声が轟いた。 血が吹き出て、当たりが真っ赤に染まる。いつも見てきた光景だ。 ただ、予想外だったのが、赤く染まったのが師匠だった、ということだ。 自分で自分を撃ち抜いたのだ。 「何故ー」 「お前は、殺し屋に…向くけど、殺し屋には…なれないって」 少女は最後にそう言ってこと切れた。
- 完 -