鈴虫

外からは鈴虫の声が聞こえる。 なのに、うちの鈴虫たちはまだ一度も鳴かない。 もうちゃんと脱皮して鳴ける翅になっているのに。 「鳴かないね」 そうつぶやく息子と並んでプラスチックのケースを覗き込んでいた。 後ろから声がした。 「どれどれ…」 振り向くとそこにはノブナガさん、ヒデヨシさん、イエヤスさんがいた。

Noel

11年前

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「わあっ‼なんですか貴方達は‼」 「何じゃと‼余に向かって何たる口の聴き方!叩き斬ってやる‼」 ノブナガさんはいきなり刀を抜いて私の前に出してきた。 「ひいっ‼ちょ!ちょっと待って下さい!」 「問答無用!」 と、狼狽える私の横から、息子が顔を出した。 「わあ〜、おとのさまだぁ〜。かっこいい〜!」 「そ、そうか?ウム…ならば今日の所は童に免じて許してやる…」 あゝ我が息子よ、お前は命の恩人だ!

hyper

11年前

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「どれどれ、鈴虫が鳴かぬのか?」と、一見、人の良さそうなイエヤスさんが息子の頭を撫でながら言った。 そして、 鳴かぬなら鳴くまで待とう鈴音虫 と、句を詠んだ。 息子はゆっくり静かに、やがて力一杯の拍手を贈った。 「まぁあれじゃ、昔詠んだ句のパクリじゃがな」 イエヤスさんは照れながら自分の頭をぺちぺち叩いた。 「ふん、何を悠長な事を!この童は今聞きたいと言っておるのだ!」と、ヒデヨシさん。

真月乃

11年前

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「さあ、鈴虫よ。 リンリン鳴きたまえ。」 ヒデヨシさんが説得を始めた。 「 …… 」 「リンリン、じゃよ。」 「 …… 」 「リーン、リーン、じゃよ」 シーンと静まり返ったまま。 「リーン、リー…」 ヒデヨシさんのレクチャーに、ノブナガさんが突っ込んだ。 「お前は鈴かっ!」 キャハっ 隣りで息子が笑った。 「お主のために鳴かせようとしてるのでないかっ!」

sechia

11年前

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「仕方ない!ほれ!鈴虫共よ!鳴けぇっ!」ノブナガさん、刀抜いたままじゃ鈴虫鳴きにくいですよ。 「.…。」 「鳴かんかっ!貴様ら鳴けんのか⁉︎えぇ⁉︎」「ビクビク。」 あぁ、可哀想に…。なむあみ…。ずらぁっと嫌な音がして、ノブナガさんが刀をもう一本抜く。うわっ、まさかの二刀流ですか⁈「えぇいっ!鳴かぬなら殺してしまえ鈴音虫!だぁっ!」あんなちっこいの切れんのかしらね。 「うわーん!鈴虫さん可哀想!」

LiLi

10年前

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刃をひょいっとかわす鈴虫に、息子は「お見事!」と目を丸くして手を叩いた。 「なかなかやりよるわ…」とノブナガさんは、はぁはぁと息を切らす。 「ほれ鈴よ、茶でも飲まぬか」 ヒデヨシさんはケースの前に胡座をかいて、鈴虫たちの前に抹茶の椀と、懐から栗きんとんを差し出した。 「これはこれは、結構なお手前でっと」 そう言って、イエヤスさんが袖を捲りお茶に手を伸ばす。 「お前のではないわ!このたわけが!」

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「こりゃ失礼。虫は菓子を食うまいと思おてな」 反省の言葉とは裏腹に、菓子を食べる機会を横目で伺うイエヤスさん。 「虫バイキンは甘いおかし大好きなんだよ!」 息子が幼稚園で取り入れただろう知識をここぞと披露する。 「なんとまあ、けったいな虫もいたもんじゃ!」 虫歯菌という言葉を知らぬであろう、男三人衆は揃って目を見開く。 「分かった。きっとこの虫は、けったいな虫なのだ!」 「そうだな!」

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幼稚園児と戦国武将という、何百年レベルのジェネレーションギャップ故か、それとも本人たちのそもそもの性格故か、噛み合っているようでいない彼らの会話は、何故か途切れない。 そうこうしている間に、今度は成人式だの大人になるだのいう話をしている。 何がどうしてそうなった。 というよりも、現代人と昔の人では成人の定義が違うと思うんだが、なぜ会話が成立するのか。 それより、息子よ!お前まだ幼稚園児だろう!

Laito

6年前

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やがて宴が始まる。妻が三大名に日本酒を、息子にジュースを運んできた。肴は柿の種とピーナッツ。アルコールの入った三大名の勢いは止まる事を知らず、結局私は酔い潰れてしまった。 …あれから何時間経ったのだろうか。三大名の姿は見えず息子は床で寝ていた。ぼんやりとしているとリーンリーンと鈴虫の鳴き声が聞こえてきた。ケースの中の鈴虫はとても元気に鳴いていた。 鳴かぬなら 宴を開こう 秋の夜

汐弐

5年前

- 完 -