レオンに捧ぐ夢

殺し屋にも美学がある。 美学のない殺しなど、ただの殺人である。殺しを生業とするからには、それなりのポリシィを持たなければならない。人の命を扱い、強固な信念を必要とするから、殺し屋とは、医者や、聖職者に近い。 まず、映画「レオン」を見ていなければ、ならない。これは、疑いをいれない。 「レオン」を見ない殺し屋など、聖書を読まない神父と同じである。 「レオン」を見ない者の殺しはただの殺人である。

朗らか

11年前

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「どうすれば殺し屋になれますか」 2日前、荒んだ目で俺にそんなことを訊いてきた少年がいた。 職種を看破されたことに多少は動揺したものの、せっかくだからと俺の思う殺し屋像について語ってやった。 そしたら、どうだ。 「殺し屋さん、僕「レオン」を観てきました」 再び俺の前に現れた少年が頼んでもいない報告をする。 「それで、次は何をすればいいんですか」 次……だと?

てとら

11年前

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次と言われて私は困惑した。 「レオン」の筋書きに沿うのであれば、この少年を俺の家に引き入れ、殺しの技術を与えてやるのが望ましい。 しかし「レオン」の少女は復讐の手段として殺し屋を選んだだけで、殺し屋として身を置きたい訳ではなかった。 次というのであれば、少年が何故殺し屋になろうとするのか。 俺はその理由を聞いた。

lawya3

11年前

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(生きがいが欲しいから) 生きがい? (そうだよ、勉強もできなくて、友達もいなくて、親はとっくに死んでる) 随分孤独だな、まあ殺し屋にとっては好都合だな、 俺は昔お前と同じだった ある時拾った拳銃一丁で俺の人生は変わった (わかった、教えてやる俺の全ての技術を ただ、始めるからには戻れると思うなよ) 少年は一瞬動揺したもののすぐに返事をして着いて来た (帰ったら二人で「レオン」でも見よう)

SETO

11年前

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「僕もレオンみたいな殺し屋になりたいな」 少年はそう言った。目をキラキラさせて。 はっ! レオンみたいになりたい? 俺はごめんだぞ。確かにこれは素晴らしい映画だ。だからお前に見ろと言ったが憧れろとは言ってないだろ。愛し愛されるなんざ殺し屋失格だ。 いいか、お前が一歩踏み入れた世界は映画じゃないんだ。お前は割と早い段階で死ぬだろうな! 俺にしては長いセリフを吐き捨てた。 少しはビビれ。ガキめ。

夏草 明

11年前

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「でも映画通りに行くなら、先に死ぬのは殺し屋さんの方ですよね。殺し屋さんがレオンで、僕がマチルダ」 こいつはあくまで、殺し屋稼業にドラマ性を求めるらしい。恐らく、俺がレオンを見せる以前からこいつの中で理想の殺し屋像みたいなのが出来上がってしまってたんだろう。 「そこまでいうなら、少し映画をなぞってみるか」 俺はその場で狙撃銃を組み上げる。先端に消音器を取り付け、窓際に設置した。

やーやー

11年前

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狙撃銃の「窓」を少年は開けなかった。 なるほど、確かに「レオン」の筋書き通りでいて、実はそうじゃない。 少年は服装も地面より暗い色をしているし、マチルダのように「はい」と、繰り返さなかった。少年は確かに「レオン」を知っているのだ。だがこいつは、知らないことが多すぎる。 目標を探している間、少年はこう言う。 「僕もあの植物みたいなものです」 …こいつぁ完全に出来上がっちまってる。俺は言ってやった。

望月 快

10年前

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「根がつかない自分に酔うのは止めろ。そんなところに見出す美学は無い」 そんなもの信念でも何でもないからな。 いわゆる一過性の自己満足で、レオンになれなきゃニキータみたいな隷属暗殺者として生きます!とか言い出しかねない。 なるならマチルダの方がずっとマシだ。 「…お前の教育方針を決めた。学校へ行け。全寮制で山の中腹にあるような所を探してやる。逃げ出さず根を張り、殺しに必要な学を付けてこい」

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少年は素直に頷いて荷造りをし、旅立った。若さとは都合がいい。柔軟で影響を受けやすく、適度に愚かで、そして、どうしようもなく純粋だ。 窓の外で青いサイレンの光がぐるぐると明滅していた。俺の仕事納めの日だ。映画の筋書きなんかとは違う、犯罪者に待つ当たり前でつまらない結末がドアを叩く。 ここで手榴弾でも炸裂させればあいつの描いた夢に応えられるのかもしれない。 だが、そんなことは俺の美学に反するんだ。

まーの

9年前

- 完 -