#高瀬七芽執筆数300に至りこのノベルで301になります。このノベルは高瀬の好きなホラー縛り企画。苦手な方は閲覧しないよう…。 ___ 神社の境内で遊ぶ子が目に焼き付いた。一番星が出ている時間にこんな寂れた場所で一人遊び。境内の中の砂場で遊ぶ女のコ。短いスカート、素足、まだ肌寒いのに半袖。おかっぱ頭。ふいに女のコは私に気がついたようで手を止めて私を見つめた。 「ここはあなたの最後の場所になる」
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まるで大人びた言い方だ。呆気にとられる私をおいて、下を向き砂遊びに戻る。 「いま何て言ったの?」 聞き間違いではないだろうか。私は女のコの横にしゃがんで肩に触れた。 「おばちゃん、誰?」 こちらを向き、あどけない口調で笑みを浮かべる。その前に何を言ったか尋ねても頭を振るばかりだ。 「お家はどこ。帰らなくていいの?」 「お砂でね。山を作らないと帰れないの」 そういって両手で砂の山をペタペタと叩く。
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乾いた砂の山はサラサラと積み上げられては崩れてゆき、完成する兆しが全く見えない。遠くの空では烏が鳴き、迫り来る夜の訪れを告げていた。 「もう暗くなってきたから、おうちにお帰り」 「お砂でね。山を作らないと帰れないの」 女のコは同じ台詞を何度も何度も繰り返し、頑なに砂場を離れようとしない。 こうなったら早く彼女の山作りを終わらせてしまおうと、私も砂を手に取る。 今思えば、これが間違いだった。
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何故なら、二人掛かりで山を作っているというのに、先程と変わらないペースで山が出来、しっかり作ったはずでも、完成間際に必ず崩れるのだ。 辺りは、もうすっかり暗くなっていた。でも、星は見えない。 砂山を作り続けている事で汗が肌から浮き出ていた。いや、そういう事にして勝手に納得していた。 そして女のコは、向かい合った状態で黙々と作り続けている。彼女は、汗ひとつかいていない。 「…ねえ、帰ろう?」
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「帰ることは許されないんだよ」 薄闇に女のコの歯が白く、キラリと光ったの見間違いだろうか。 三〇本以上から連なるカルシウムの先は鋭く磨かれ、二尾に分かれているようにも見えた舌は赤黒い。 「心配するよー。いつまで作ってるのって叱られるよー」 「そんなことはないんだよ。この山を作っているとね。時間なんて関係ないんだから。あ、ほら、山のこのあたりにお母さんが埋まってるでしょ?」
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「……え?」 山を作る手を止めた。 女の子は瞬きもせずにじいっとこちらを見ている。射抜くように。恐ろしくて逃げ出したいのに、目がそらせない。 女の子の矢鱈に白い手のひらが伸びて、私の手首を掴んだ。ひやりとした冷たさとべちゃりと濡れた感覚が、気持ち悪い。 「お母さんがね、やめちゃだめって。私がここにお母さんを埋めたから、山が出来るまで帰っちゃだめって。罰なんだって」 彼女は抑揚もなく語った。
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逃げ出したい。でも逃げられない。女のコが手首を掴む力は想像を遥か越えている。意識しないうちに腰が引け、その度に手首から引き戻される。爪の先からゆっくりと血の気が失せ、指先が紫に染まり始める。 「おばちゃんも悪いことしたら、罰を受けないとね?」 一切感情のない声が的確に私の胸を抉る。 まるで私の罪を──ポケットに忍ばせた五寸釘の存在を、知っているかのような。 「おばちゃんもここに埋まるんだよ」
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私は片方の手で女の子の首を掴んだ。 だが女の子は手を離さない。 掴んだ首に力を加える。 「グッグッグ」 絞り出すような音が気道から漏れる。 おかっぱ頭が見る間に色が抜け白くなる。 ツルリとした肌が一気に張りを失い皺だらけに変わった。 「母さんのためなのよ こんな身体で生きていてもしょうがないよ」 「死にたくないよ」 哀願する母。 でももう私疲れちゃったの ごめんね。 私はさらに力を込めた。
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手を離すと、少女あるいは老婆が、力を失い砂の山に崩れて落ちた。 私は誰を殺したのだったか。 私は半ば機械的に死骸を砂に埋める。 手がはみ出す、足が飛び出る。埋める、埋める、端から崩れる。 五寸釘で呪いさえかけた、寝たきりの母殺しの罪を隠し切るまで。 そして心中を図った、己殺しの罪を埋め尽くすまで。 神社の夜は永遠に明けない。 ここは私の最後の場所。 お砂でね、山を作らないと帰れないの━━
- 完 -