ユッコ

「成仏しないの?」 「しないよ」 「できないの?」 「できないの」 ぼくの背にもたれ掛かった彼女は退屈そうに欠伸をした。そんなに大きく口を開けたらはしたないって思われるよ。まして女の子なんだから、と言うと「トモ君以外に見えないんだからいいじゃん」と拗ねる。 「ぼく、がさつな子よりおしとやかな子の方が」 「呪ってほしいなら呪ってあげるけど」 「何でもない」 ぼくをやりこめて、彼女は満足そうに笑った。

mono

13年前

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「ちょっとトイレ行ってくる。ついてこないで」 「失礼しちゃう!誰がのぞきますかっての」 一応、分別はあるらしい。 トイレに入り腰掛けるとようやくひとりになれた気がしてぼくははぁ、とため息をついた。どうしてこんなことになったんだろう。 「あら、意外とかわいいのね」 「うわ!でてってよ!」 まったく油断も隙もあったものじゃない。トイレットペーパーを投げつけると、ユッコはドアの奥へすうっと消えた。

tiptap3

13年前

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ユッコとの出会いは一週間前。 ユッコは葉っぱのなくなった桜の木をじっと見ていた。 ここら辺で一番立派なその桜の木は、もうずっと前からここに生えているんだとおじいちゃんから聞いたことがある。 見慣れない子だと思った。ちょっと可愛いなとも思った。何してるんだろう、とも。 暫く目を奪われていると、ユッコがこっちに気付いた。 そのまま近づいてくる。 「あなたアタシが見えるのね?」

nonko

13年前

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始めは何を聞かれたのかわからなかった。 「あなたアタシが見えるの?」ユッコはまた聞いた。 当たり前じゃないか。見えるも何も。 「おーい、トモ。1人で何ぼうっとしてるんだよ」兄の呼び声で、やっと彼女の言ってる事の意味がわかった。 他の人には見えないんだ。 その日からユッコはずっとぼくについてきた。不思議と怖いと思った事はない。

didi

13年前

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トイレから出るとユッコはパソコンの前に立っていた。 「トモくん、パソコン立ち上げたら目をつぶって言う通りに動かして」 「どうして?」 「いいから」 画面が表示されるのを待ってぼくは目を閉じた。 「マウスを持って、右…下、そこでクリック。もう一度。パスワードいれて…リターン。オーケー!」 電源を落とすとぼくは目をあけた。物に触れられないからって人にパソコン操作させるとは、霊も様変わりしたものだ。

rain-drops

13年前

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大手ECサイトから荷物が届いたのは次の日だった。注文した記憶はなかったが、すぐに閃いた。昨日ユッコがパソコンを「操作」していたのは、このためだったのか。 ちょうどユッコは留守にしていたし(いつも思うのだが幽霊にも用事があったりするのだろうか)、宛先はもちろん自分だったので(なにしろぼくが注文したのだ)、ぼくは箱を開けてみることにした。

13年前

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箱から出てきたのは、綺麗にラッピングされたチョコレートだった。 「あっ、開けちゃったの」 いつの間にか帰っていたユッコは大きな声をあげた。 「ま、いいや。ちょうど今日だしね。ハッピーバレンタイン!」

coco

13年前

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ありがとう、幽霊からバレンタインのチョコを貰ったのは、世界広しといえどもぼくぐらいじゃないかな。そう言うとユッコは笑った。 ひとかけらつまむと口に放り込む。甘すぎず、上品な香りが広がる。 おいしいね、来月のホワイトデーは3倍返しかな?おどけて言ったつもりなのに、そのときユッコが一瞬だけ見せた悲しそうな顔を、ぼくは見逃さなかった。

noppo

13年前

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翌朝目が覚めると、フライパンに卵を落としてトースターにスイッチを入れた。その間にコーヒーをドリップする。 いつもならこのへんでユッコが出てくるはずだ。美味しそう、なんて言って。幽霊にも食欲あるの。もちろんあるよ。何度も交わしたやりとり。きっと彼女はもう現れない、そんな気がしていた。 チョコの包みを開ける。季節外れの桜の花びらがひとひら舞った。さよなら、と聞こえた気がして僕はまたいつかと呟いた。

tati

13年前

- 完 -