ラッシュアワーのアダムとイブ

両足を肩幅に開いて、鞄を右肩にかけた。 混み合っている電車の中で、鞄の奥の方に入っている英語の単語集を取り出した。 これが至難の技なのだ。 学生であればわかるはず。 混み合っている車内の中、朝のHRで単語テストをするというのに、まだ暗記ができていない。あぁ.....どうしよう。 辺りを見回すと、朝の通勤ラッシュ時には右にいるおじさんも、左にいる大学生もなんだか慌ただしいような雰囲気である。

honeyrose

13年前

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と、そこに隣にうんうん唸りながら参考書とにらめっこしている女の子がいた。 制服は馴染みのあるウチの学校のモノではなく、近隣の別の高校のモノだろう。 帰り道によく見るので覚えていた。 向こうもテスト期間なのだろう。 肩にかかる髪は校則に引っかからないであろうほんの少しだけ茶色に染めていて、彼女の真面目さや少しだけお洒落で居たいと云う同い年の女の子であることが伺えた。

レリン

13年前

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そうして僕は単語帳に集中できないまま電車を降りた。彼女はまだ乗っていた。明日も会えるかな…。そんな気持ちでいっぱいだ。ただ案の定テストは✔でいっぱいだった。 次の日は会えなかった。彼女の事が気になって仕方がない。ただ僕はまた彼女に会えることを信じて、毎朝同じ時間に同じ車両に乗っている。

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あの日のちょうど一週間後、彼女はいた。話してみたい。が、さすがにいきなり話しかけるのはどうかしてる。さりげなく見ていると彼女のしぐさひとつひとつが可愛い。どう可愛いかはうまく言葉で言えないのだがぼくはどうやら彼女を好きになってしまったようだ。電車が満員だからだろうか。胸が苦しくなる。あっという間に駅につく。今日も授業に集中できなくなってしまいそうだ、なんとか彼女と仲良くなる方法はないだろうか。

a wolf boy

12年前

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何の方法も思いつかないまま次の日の朝が来た。 恋の神様は僕の味方なのか?それとも意地悪なのだろうか? この朝の電車はいつに増して混んでいた。ドドドぐぐぐと雪崩れ込む乗車客に巻き込まれ、気が付くと僕の左頬に彼女のおでこがあった。 幸運を招きそうな可愛い丸いおでこ。 あゝ神様!これは近過ぎです! 髪からのいい香り。彼女の体温だけがドキドキと僕の心臓に届いて来る! 神様!これで話し掛けるなんて無理です!

真月乃

12年前

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はぁ〜・・・。 やはり無理だった。どうやら僕は自分で思ってるよりもチキンなようだ。結局あの後は緊張してしまい、声を掛けるどころか彼女の目を見ることすらできなかった。 授業なんて上の空。 神様!僕にもう1度、チャンスを下さい! 無駄かもしれないが、一生に一度の頼みをここで使うつもりで頼んだ。 すると神様はそれに応えてくれた。 それも、最高のシチュエーションで。

key

12年前

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次の日の朝。 今日は昨日みたいに混んでいなく、席にも座れた。 一つため息を吐くと、隣に誰か座った。 こ、この匂いは! 横を見れなかった、いや、見れない。 彼女が隣にいる。 今がチャンスだ。 チャンスと言ってもどう話しかけたら…! 「「あのっ!!」」 同時に響いた声。 同時に振り向く。 同時に目が合う。 そして 同時に顔が赤くなる。 「さ、先にどうぞ!」 彼女が顔を真っ赤にしながら言った。

らんき

12年前

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「あ、の…いや、すみません。何かいきなり声かけてしまって…」僕は少し控え目に話始めると彼女は「いえ、そんな…私こそ…」と頬を真っ赤に染め上げながらそう呟く。 急激に愛しさが込み上げてきて僕は咄嗟に口を開いた。「あの…!実は僕…ずっと前からあなたの事が気になっていて…その、えっと…」僕は緊張と恥ずかしさで頭が真っ白になった。 言葉が思い浮かばない。どうしよう。混乱し始めた時彼女が口を開いた。

ちゃむ。

12年前

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「私も…ずっとあなたのことが気になってました」 消え入りそうな声で彼女が言った。俯いた髪越しの上目遣いが眩しかった。 その時電車の速度が落ちた。次は僕の高校がある駅だ。勇気を出して僕は言った。 「…また明日の朝、この電車で会いませんか」 彼女ははにかみながら頷いた。僕は緩みそうになる頬に力を入れて、彼女に手を振り席を立った。明日からはラッシュアワーが好きになれそうかな、と思いながら。

ぶる〜

12年前

- 完 -