桃太郎の昔話。

暇だから、至極どうでもいい話をしてもいいかい? え、どうでもいいなら話すなって? そういうなよ、本当に暇なんだ。 たぶん、アンタも少しは聞いたことのある話だと思うぜ。 俺がまだ名前を捨てていなかった頃の話さ。 うん? ああ、よく知ってるなアンタ。 その通りだよ。 そう、これは。 俺がまだ「桃太郎」だった時の話さ。

mmww

13年前

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あの頃は、良かった…とか、よく言うだろ?思い出は、美しいってやつだ。 これは実際、その通りだな。 俺が桃太郎だった頃、大地は輝き、何もかもが希望に見えてたんだよな。すげえよかった。 俺は桃から生まれて、爺さん婆さんにすげえ大事に育てられた。 アンタもあるだろ?そんな記憶。 でさ、俺が桃太郎だった頃、何が一番よかったかってさ、アンタ想像つくかい? 簡単な話さ。

jude

13年前

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俺が主人公だったってことさ。当然だろ。 世界は俺を中心にまわってたし、全部思い通りになった。 デッカい桃の中にいた時でさえ、俺は無事拾われるってわかってたんだ。 え? 本当は桃を食って若返った爺さん婆さんが俺をつくったんだろって?まあな。それはその説の桃太郎に譲るさ。 とにかく俺は桃から産まれたバージョンの桃太郎だったんだよ。英雄だったぜ? 仲が悪いことで有名な猿と犬を同時に従えてたし。

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おうよ、アンタの言うとおり鬼を退治して宝を持ち帰ったとこまでは良かった。 ところが末長く幸せに暮らしましたとさ、で終わるほど人生甘くはないのさ。 まず家を建て替えたのが良くなかった。考えてみりゃ芝刈りで書院造の大邸宅が建つわけねぇもんな。一発当てたのがすぐバレた。 真新しい門の前には親戚の列よ。 爺さん婆さんには子はいねぇが兄弟があわせて15人もいた。孫の代まで総勢200人の親戚が金の無心さ。

fab

13年前

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加えて、子分たちからの給金の催促だ。やれ「鬼をこう痛めつけた」だの「手下を何匹倒した」だの。 もちろん、あいつらは部下で良い仲間だと思ってる。きびだんごだけじゃ足りない働きをしてくれたのは感謝してる。 だけどさすがに、3匹とも一族郎党引き連れてこられちゃ困るんだよ。 キジなんか泣き落とししてくるし。おまえらには病気の家族がどれだけいるんだって話だよ。

cloche

13年前

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世間に注目され、じいさんばあさん、心ない輩たちから、恨みを買って、いつもびくびくしてる。 「あんなのほっとけゃいいの」 っていうんだが、 「本当かね、悪くはないかね」 と孝行から買ってやったものまで譲ってしまう始末。いまじゃ、鬼退治したときの宝なんて、ろくすっぽ残っちゃいねぇ こちとら、命懸けた大仕事をなしたわけだ。 大の大人がペコペコ頭下げてた輩を、獣三匹と少年が取りなしたってのになぁ

aoto

13年前

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最近は彼女が出来たんだぜ! なかなか器量の良い娘だったしすぐに恋に落ちた でもな数ヶ月後に知った事実 その娘は鬼の子供だったんだ… どうやら俺から金銀財宝を奪い返すために来たらしい でもな残念ながら俺のもとには金銀財宝なんて残っちゃいねぇ そのことにも気付かずまだ俺のことを好きなふりをしてやがる 例えばこんな事を言ってくるんだ…

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「私ね、桃太郎さんと一緒ならなんにも要らないくらい幸せなのよ」 気にするな、ウチには何も残ってない。 なかなか彼女に事実を告げられないまま2年が経っていた。平凡で幸せな生活が続くような気がしていたが、事件がおきやがった。 「何よこれ?!どういう事なの?」 彼女が蔵の前でブルブル震えていた。 見てしまったようだな、空っぽの蔵を。 俺は全てを話すと、彼女は俺の頬を引っ叩いてウチを飛び出した。

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てな感じ。 その後は真面目にサラリーマン始めたよ。 思えば俺も浮かれてた節はあったなぁ… 自分がいつまでも中心だと思ってたよ。 あんたも気をつけろよ、宝くじ当たったところで人生勝ち組ってわけじゃないぞ。 人生何が起こるかわからないよ、ほんと。 君だってそうだろ? 桃太郎と立ち食いソバのテーブルで横になるとは想像もしてなかっただろ? そんなもんさ、じゃあな。

13年前

- 完 -