退屈姫

「じゃあ、資料集110ページ開いて」 一斉にページをめくる音が聞こえた。 「これは武家諸法度の史料だ。入試問題によく出るからチェックしとけよ」 あっち、こっちでマーカーのふたを開ける音が響いた。 ページを開けと言われれば、何も考えずに教科書を開き、「チェック」しろと言われれば、疑いもなく教科書をマーカーで塗りつぶす。 ー操り人形みたい 彩加は机に頬杖をつきながら、クラスメイトを横目で見た。

noname

12年前

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武家諸法度、何それ。そんな昔の事勉強してどうすんのよ。生活の中で武家諸法度をどう活用していけっていうの。正直学ぶ意味がわかんないし、あたし、今を生きてるし。と思いながら彩加は、目線を上げて教師を見た。 しきりに手を動かして解説をしてる教師も、やはり操り人形のように思える。 この教室で操られていないのはあたしだけじゃないか、と彩加は寂しさと優越感が混ざった気持になった。 不意に、背中をつつかれた。

11年前

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(なぁ、ここの問題教えて!頼む!) 差し出された数学のプリントを見る。 思わずしかめ面になるあたし。 第一今は数学の授業じゃないっつーの。 (お前ならきっとやってきてるだろ?頼むから解いてくんね?) 幼馴染の有哉は片目をつむりながら小声で言う。 しょうがないなぁ。暇だし。 そう言うと有哉はサンキューな、と言った。 有哉。こいつも操られてない。 彩加は呆れながらも、どこか嬉しくなった。

流零

11年前

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「おい、佐野! 次の問い、黒板に!」 有哉の苗字が呼ばれた途端、ザッとこちらを刺したのは、沢山の目、目、目。 あーあ、やっぱ操り人形じゃん。 先生の声でこんなに視線が集まるなんてさ。 「あー、磨製石器! っすね?」 瞬間、教室が静まった。そうして、爆笑の坩堝に巻き込まれる。 「何でこの時代に磨製石器なんだよ!」 男子が、バシバシと有哉を叩く。 あ、操りの呪文が解けたみたいだ。 なんて、考える。

Nakahara

11年前

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チャイムが響き渡る。 みんな急に魔法が解けたようにいきいきし出す。あちこちでおしゃべりの花が咲いて、表情も声も色が戻って。 先生もどこかほっとしたような声で、宿題の指示を出すといそいそと去って行く。 ほどけた教室。次のチャイムまでの、わずかな呼吸。 でも次のチャイムが鳴れば、また。 次はサボろうと決めた。 「彩加、どこ行くんだよ?」 チャイムの前に教室を出ようとして、有哉に呼び止められる。

11年前

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「サボるのよ」 隠していても仕方ないのであっさりと白状した。 「なんだそれ。お前って頭いいのにたまにバカなことするよな」 有哉はおかしそうに言う。 「真性のバカに言われたくない」 「おもしろそうじゃん。俺も一緒にサボるよ」 「あんたはただサボりたいだけでしょ」 「数学のお礼だ。一緒にサボってやる」 「やっぱりバカね」 「ほっとけ」 こうして2人は、小さな罪の共犯者になった。

山葵

11年前

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とりあえず屋上にいった。 空は広く、風が吹き抜けた。彩加たちはただ何かをするわけでも無くそこにいた。 「お前さぁ、なんで授業中つまらなさそうなの?」 有哉が突然口を開いた。 「あんたもつまらなさそうよ」 有哉はフェンスにもたれかかり、まっすぐ彩加を見た。 「後ろから見てて思うけど、お前はおれとちょっと違うと思う」 「ちょっとって?」 「お前は黒板じゃなくてまわりを見てつまらなそうにしてる」

パンダ

11年前

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「ふうん、そうなの?」 図星だ。 でも適当に返事をした。 ──わかってくれてんだ、ありがとう。 そんな風に返すのも面倒。 フェンスにもたれ座り込む彩加は、ポケットからスマホを取り出す。 「お前は、何かにはしゃぐことねぇの?」 有哉の問いに答えなきゃ、黙っててもらえないんだろう、とスマホをいじるのを一旦やめて有哉を見つめる。「とりあえず親の言う通り生きてくしかないじゃん。自由になれるのはまだ先だし」

11年前

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『えー、なんか大変だなー。』って言いながら、有哉はフェンスをコロコロと転がりながら移動している。小学生みたい。 バカを無視して、スマホと向き合う。気がつくと、フェンスの端まで転がってた筈の有哉の顔が真横にあった。 「な!?」 ちゅ! 『お姫様を自由にするちゅー!』 あひゃー!とか、うひょーう!とか言いながら走り去るバカ。 左頬をムニムニ拭く。 『拭くなよ!』 思わず笑った。

- 完 -