退屈姫
「じゃあ、資料集110ページ開いて」
一斉にページをめくる音が聞こえた。
「これは武家諸法度の史料だ。入試問題によく出るからチェックしとけよ」
あっち、こっちでマーカーのふたを開ける音が響いた。
ページを開けと言われれば、何も考えずに教科書を開き、「チェック」しろと言われれば、疑いもなく教科書をマーカーで塗りつぶす。
ー操り人形みたい
彩加は机に頬杖をつきながら、クラスメイトを横目で見た。
- 1 -
武家諸法度、何それ。そんな昔の事勉強してどうすんのよ。生活の中で武家諸法度をどう活用していけっていうの。正直学ぶ意味がわかんないし、あたし、今を生きてるし。と思いながら彩加は、目線を上げて教師を見た。
しきりに手を動かして解説をしてる教師も、やはり操り人形のように思える。
この教室で操られていないのはあたしだけじゃないか、と彩加は寂しさと優越感が混ざった気持になった。
不意に、背中をつつかれた。
- 2 -
(なぁ、ここの問題教えて!頼む!)
差し出された数学のプリントを見る。
思わずしかめ面になるあたし。
第一今は数学の授業じゃないっつーの。
(お前ならきっとやってきてるだろ?頼むから解いてくんね?)
幼馴染の有哉は片目をつむりながら小声で言う。
しょうがないなぁ。暇だし。
そう言うと有哉はサンキューな、と言った。
有哉。こいつも操られてない。
彩加は呆れながらも、どこか嬉しくなった。
- 3 -
「おい、佐野! 次の問い、黒板に!」
有哉の苗字が呼ばれた途端、ザッとこちらを刺したのは、沢山の目、目、目。
あーあ、やっぱ操り人形じゃん。
先生の声でこんなに視線が集まるなんてさ。
「あー、磨製石器! っすね?」
瞬間、教室が静まった。そうして、爆笑の坩堝に巻き込まれる。
「何でこの時代に磨製石器なんだよ!」
男子が、バシバシと有哉を叩く。
あ、操りの呪文が解けたみたいだ。
なんて、考える。
- 4 -
チャイムが響き渡る。
みんな急に魔法が解けたようにいきいきし出す。あちこちでおしゃべりの花が咲いて、表情も声も色が戻って。
先生もどこかほっとしたような声で、宿題の指示を出すといそいそと去って行く。
ほどけた教室。次のチャイムまでの、わずかな呼吸。
でも次のチャイムが鳴れば、また。
次はサボろうと決めた。
「彩加、どこ行くんだよ?」
チャイムの前に教室を出ようとして、有哉に呼び止められる。
- 5 -
「サボるのよ」
隠していても仕方ないのであっさりと白状した。
「なんだそれ。お前って頭いいのにたまにバカなことするよな」
有哉はおかしそうに言う。
「真性のバカに言われたくない」
「おもしろそうじゃん。俺も一緒にサボるよ」
「あんたはただサボりたいだけでしょ」
「数学のお礼だ。一緒にサボってやる」
「やっぱりバカね」
「ほっとけ」
こうして2人は、小さな罪の共犯者になった。
- 6 -
とりあえず屋上にいった。
空は広く、風が吹き抜けた。彩加たちはただ何かをするわけでも無くそこにいた。
「お前さぁ、なんで授業中つまらなさそうなの?」
有哉が突然口を開いた。
「あんたもつまらなさそうよ」
有哉はフェンスにもたれかかり、まっすぐ彩加を見た。
「後ろから見てて思うけど、お前はおれとちょっと違うと思う」
「ちょっとって?」
「お前は黒板じゃなくてまわりを見てつまらなそうにしてる」
- 7 -
「ふうん、そうなの?」
図星だ。
でも適当に返事をした。
──わかってくれてんだ、ありがとう。
そんな風に返すのも面倒。
フェンスにもたれ座り込む彩加は、ポケットからスマホを取り出す。
「お前は、何かにはしゃぐことねぇの?」
有哉の問いに答えなきゃ、黙っててもらえないんだろう、とスマホをいじるのを一旦やめて有哉を見つめる。「とりあえず親の言う通り生きてくしかないじゃん。自由になれるのはまだ先だし」
- 8 -
『えー、なんか大変だなー。』って言いながら、有哉はフェンスをコロコロと転がりながら移動している。小学生みたい。
バカを無視して、スマホと向き合う。気がつくと、フェンスの端まで転がってた筈の有哉の顔が真横にあった。
「な!?」
ちゅ!
『お姫様を自由にするちゅー!』
あひゃー!とか、うひょーう!とか言いながら走り去るバカ。
左頬をムニムニ拭く。
『拭くなよ!』
思わず笑った。
- 完 -
作品情報
退屈姫
#12234
- リレー期間
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7ヶ月