ノック

「麗子が、死んだんだよ」 あたしの目の前の幼馴染の裕司がそう言った。その声は沈んだように重く、しかしどこか見慣れないものを手にしたような興味の滲んだ声をしている。 「麗子?誰だっけ、そいつ」 あたしは煙草に火を付けながら呟いた。 「中学ん時クラス同じだっただろ!覚えてねぇのかよ」 本当は、覚えている。 覚えているが知らないフリをした。 「人はいつか死ぬよ。そんか珍しいもんじゃない」

鈴蘭

11年前

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「相変わらず冷たい奴だな」 裕司が呆れた顔で、あたしの煙草を取り上げた。 「なんで死んだか気にならねぇの?」 「別に気にならないし。」 本当は、少しは気になる。麗子がどんな形で死んでくれたのか。ごめんね。大嫌いだったんだよね。あたし、今どんな顔してるんだろう?ふふふ… 裕司の初恋の相手。 忘れる訳ないじゃん。 「…見るか?」 「はぁ?なにを?」

ピノノ

11年前

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「麗子の死に顔」 「は?」 「写真、あるんだ」 煙草を取り返そうとしていた手が、さすがにとまった。 死に顔の写真? 何それ。葬式にでも行って撮ったわけ? 「見せてよ」 裕司がスマホを出し、画面をこちらに向ける。 忘れもしない麗子の顔が、そこには写っていた。 だけど、そうと言われていなければ、彼女とはわからなかったかもしれない。 赤紫色の腫れたような顔。 そして首には、絞められた跡。

misato

11年前

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麗子の首には、絞められた時に抵抗した際出来たと思われる吉川線があった。 みるも無惨な傷痕。 誰かに殺されたんだーー。 「で、お前の見解はどう?」 「どうって言われても……」 「お前、それでも解剖医かよ!!」 私を見て、裕司が呆れ顔で言った。 だが、いくら解剖医とは言え、自分が担当した訳でもないし、相手は大嫌いな麗子だ。 興味すらないし、どうでもいい。 私は新たな煙草を取り出し、火を付けた。

anpontan

11年前

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「絞殺の可能性がある死体に警察が動かないわけないでしょ?あたしには関係ない。それより不用意にそんなの持ってたら呪われるかもよ」 冗談を言ったつもりだったが存外裕司には心当たりがあるのか、急に青ざめた顔になった。 「もしかして、あんたかかわってるわけじゃないでしょ?ただの顔見知りってだけだよね?」 冗談の延長のように恐る恐る確認してみると、裕司は慌てて首を振った。 「俺じゃないんだ!」

イト

11年前

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「あんたが麗子を殺したってワケ?そんな冗談、あたしに通じると思って?」 裕司は青ざめた顔で震えたまま、なにも答えない。 「そう……」 あたしはそう呟いて、煙草を吹かす。 麗子なんて、どうだって良かった。どうせ警察なんかが犯人を捕まえてくれるって、そう思っていた。 ああ、煙草が不味くてしょうがない。 あたしが煙草を揉み消したとき、唯一のドアである玄関のドアが、 誰かに、叩かれた。

神路奇々

11年前

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途端に裕司の震えが止まる。 出ないの、とあたしは裕司を見る。 無表情のまま、裕司は呟いた。 「…と同じだ」 「え?」 「本当に殺ってない、麗子ともずっと会ってなくて、ネットでさ、偶然なんだよ、写真見つけちゃって、後から聞いたんだよ、死んだの」 裕司は掠れた声を絞り出す。 コツ、コツ、 玄関ドア一枚隔てた先の誰かはノックをやめない。 「俺は殺ってないのになんで来るんだよ!!」

じんしん

11年前

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「誰が来るのよ」 私は呆れるくらい狼狽する裕司を鼻で嗤いながら裕司の様子を見ていた。 裕司の顔が恐怖で歪んでいる。血の気がなくなり文字通り歪んで──。 玄関のドアを叩く音が異常に速くなるにつれて裕司の首が捻れ、顔面は赤紫色に。首から下は普通の状態のままで。 「ちょっと裕司?!」 玄関のドアを叩く音が止むと、裕司はその場に倒れた。麗子の死に顔と似たような死体が床に横たわる。

10年前

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結局、彼の死因は心臓麻痺ということになった。 あの日、ドアを叩いていたモノ。 姿は見てないけれど、アレは多分、私の元へ来たのだ。 裕司を連れて行ったのは、私への当て付けだろうか。 手の甲の引っ掻き傷がジクジクと痛む。最期の瞬間に、彼女が私に残した痕だ。 「ホント、嫌な女ね。」 コツ、コツ。ドアを叩く音にハッと顔を上げる。 「警察です。」 安堵した自分が馬鹿らしくて、私は高らかに笑った。

sakurakumo

10年前

- 完 -